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"THE MOON SEVEN TIMES"の事。

当たり前だけど、壮大に広い国アメリカの中で、ニューヨークやワシントンDC、カリフォリニアやサンフランシスコみたいな大都市は、数多くのミュージシャンや、地域に根付いた独特のサウンドが生まれる事はよくある。もうちょっと小さい都市でも、ローカル・シーンやネットワークを介して、新しいサウンドが生まれる事も多い。でも、もっと小さい町だったらどうか。イリノイ州と言えばシカゴが有名ですが、200kmほど離れた大学都市として有名なシャンペーンは、モダン・ソウル・バンドのChampaign、ロック系ではHumくらいしか知られているバンドはいないのでは。イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校があるのに不思議だなと思う。ほぼ姉妹都市のお隣りアーバナの方が郡庁がある大きな都市で、もっと大きいシカゴが近いのも音楽の辺境の地となってしまっている原因かもしれない。その非常に狭いローカル音楽シーンの中から、”あの4ADを彷彿とさせる”との謳い文句で、場違いなレーベルからデビューしてしまったバンドがいた。このキャッチやレーベルとの契約は本意だったのか不本意だったのか、その運命はどうだったのか。そのバンド名は The Moon Seven Timesと言いました。

[My Medicine] (1992)

The Moon Seven Timesのキャリアを追う前に、前身バンドの事に触れなければなりません。女性ヴォーカリスト Lynn Canfieldと、ギタリストでコンポーザーのHenry Frayneは、1985年にシャンペーンでパンク系のバンド ¡Ack-Ack!を結成していますが、シングルを2枚リリースしたたけで解散。その直後に、The Arms Of Someone NewというバンドのメンバーだったSteve Jones(Sex Pistols~The Professionalsの彼とは、当然別人です)に誘われ、Lynn、Henryの3人で新バンドAreaを結成します。静謐感を湛えた幽玄なサウンドと、妙なる響きを持った美しい女性ヴォーカルのミックスは、なるほど4ADのCocteau TwinsとかThis Mortal Coilと比較されてもおかしくはないかもしれません。このバンドは、小さなインディ・レーベルから5年の活動で5枚のアルバムを残して1990年に解散しています。Steveは音楽から足を洗って大学教授になったみたいです。その間に夫婦となったLynnとHenryは新たなバンドを結成すべく、¡Ack-Ack!時代のバンドメイトで、アーバナ出身のバンドPoster Childrenを手伝っていたドラマーのBrendan Gambleに声を掛け、まずは3人で音楽活動をはじめます。Lanternaというプロジェクト・ユニットでしばらくレコーディングを行った後、Moon Seven Timesとしてスタートします。1990年の事でした。バンド名は、イギリスの社会人類学者ジェームズ・フレイザーの神話や呪術の研究書『金枝篇』の一節「Tip your turban to the moon seven times.」から取られています。

[Moon Seven Times] (1993)

バンドのデビュー・シングルは、1992年にイリノイ州アーバナのインディ・レーベルParasol Recordsからリリースされた"My Medicine"でした。この曲は、煌びやかなギター・サウンドと美しいヴォーカルと流麗なメロディ・ライン、静謐さと高揚感を併せ持ったバンド・サウンドが魅力的な楽曲でした。バンドは、イギリスのインディ・レーベルThird Mind Recordsと契約します。このレーベルは、Front Line Assemblyやインダストリル系のコンピレーション・アルバム"Hot Wired Monstertrux"をリリースしていたレーベルで、なぜここと契約したかは謎です。Bill Prichardは初期に在籍していましたが、場違いを感じたのか間もなくPlay It Again Samに移籍して好作品を次々とリリースしています。この契約には問題があって、既にレーベルは財政難に陥っており、1990年にレコーディングは完了していたのに、アルバムのリリースは遅れに遅れた様です。痺れを切らしたバンドの意向で、シングルはParasol Recordsからリリースしたのかもと推測されます。Third Mind RecordsがオランダのRordrunner Recordsに買収される事が決定した1993年になって、やっとこさデビュー・アルバム”Moon Seven Times”がリリースされました。待ちに待ったリリース、おまけに販売元が大きくなった事によって、アメリカはもちろんイギリス、そして日本でもリリースされました。Henry、Lynn、Brendanのメンバー3人共同で曲を書き、Lynnが歌詞を書くというスタイルで制作されたこの作品は、Billy Bragg & Wilcoが好んで使用した、アーバナにあるPrivate Studiosでレコーディングされています。幽玄なギター・サウンド、美しくも芯の通ったヴォーカルと流麗なメロディ、複雑なリズム、靄がかかっているようなサウンドが魅力的な作品です。ただ、比較される4ADの面々とは別の方向性のサウンドではないかと思いました。メンバーは、レーベルとの契約が曖昧だった事でライヴが行えなかったため、オーディエンスの反応を見ることが出来ず、粗削りになってしまったと後に語っています。

[7=49] (1994)

1994年には、2作目のアルバム"7=49"をリリースしています。Third Mind Recordsが閉業したため、Roadrunner Recordsからのリリースとなっており、アメリカ、イギリス、オランダ、ブラジル、トルコ、そして日本という更に広いマーケットで発売されています。前作のリリースが無事にされてからの期間は絶え間なくライヴを行い、その中でバンド・サウンドを進化させています。ベーシストのDon Gerardが加わっていますが、彼はライヴのみのベーシストで、レコーディングには参加していません。ソングライティングは前作同様に3人共同ですが、HenryとBrendanのふたりで作曲された曲も増えてきて、それらのイメージをまとめるために、アレンジはBrendanが行っています。美しいメロディは変わりませんが、繊細さと強さも併せ持ったヴォーカルと流麗なメロディ、強靭なビートへのシフト、ノイジーとアコースティックの両面を聴かせるギター、フォークやカントリーなどのルーツ・ミュージックへの接近、オルガンやメロトロンや民族音楽のエッセンスを取り入れるなど、新機軸を盛り込んだ非常に深みのある作品となっています。

[Sunburnt] (1997)

1997年には、3作目のアルバム”Sunburnt”を同じくRoadrunner Recordsからリリースしています。このアルバムは、アメリカ、オランダ、ドイツ、日本でリリースされています。ライヴで培った完成度の高いサウンドを目指すため、ベーシストのDon Gerardがレコーディングに参加、ベースのアレンジを進化させました。ソングライティングもHenryとBrendanに加え、Donが数曲を手掛けています。今作では初めて外部のプロデューサーを起用、Trina Shoemakerとの共同プロデュースで制作しています。バンドは彼女との仕事に満足している様です。クリアーなギター・サウンド、オルガンやピアノを使用した暖かみのあるサウンド、シンセサイザーやフィドル、トランペットといった新機軸を打ち出し、芯のあるベース・ラインなど、輪郭のはっきりとしたサウンドへと進化しています。凛としたヴォーカルも溌溂なものとなり、カラフルになっており、初期の幽玄さは影を潜めています。個人的には好きなアルバムですが、4ADっぽさを求めるファンからは、あまり評価されていない作品です。セールスにも結びつかず、1997年にRoadrunner Recordsから契約を解消されたバンドは、そのまま解散しました。解散後、Henry Frayneは、Moon Seven Timesの直前に3人で結成したユニットLanternaをソロ・ユニットとして立ち上げ、様々なアーティストとのコラボレーションを行いながら長らく活動しています。BrendanとLynnは新バンドShotgun Weddingを結成しますが、アルバムを1枚を残して解散しています。Don Geraldは、Steve Pride & His Blood Kinなどでバンド活動した後、地元シャンペーンの市長になったみたいです。

”あの4ADを彷彿とさせる”というキャッチフレーズは必要だったのかは疑問です。少なくとも、バンドの目指すサウンドは、そこには無かった。地元の音楽的なネットワークはごく狭かったかと思いますが、地元に大学があったおかげで、意欲的にライヴ活動が行う事が出来、オーディエンスの反応を見られる事でバンドの成長に有意義だったと、後に語っています。皮肉にも、その結果レーベルやリスナーの期待するサウンドと乖離していき、活動が困難になってしまった。レーベル側の都合でデビューまで散々待たされた挙句、意図していない方向性をイメージ付けられてしまった気の毒なバンドでしたが、良質な3枚のアルバムを残してくれました。今回は、3作目のアルバムに収録されていた、サウンドの殻を破ったこの名曲を。

”Through the Roses" / The Moon Seven Times

#忘れられちゃったっぽい名曲


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