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【勝手にマニャニータ・傑作選②】習い事ヒストリー


ご無沙汰しております。
初回から早くも3ヶ月近くが経過してしまった、嘗ての某ポッドキャスト・傑作選シリーズですが、ひっそりと第2弾を投下いたします。
今回は、2020/5/25放送分から。

今までどんな習い事をしてきたか?という話題に触れる機会があった。
ごく自然な流れで、自分はどうだったかね?と考える…までもなく、筆者は子どもの頃は何の習い事もしていなかった。
何度か親には、近所のピアノやらそろばんやらの教室に行ってみるかと聞かれたことはあるが、具体的な話になることはなかった。
唯一それらしい経験を挙げるならば、夏休みだけ塾に行ったとか、某地元電力会社のこどもパソコン教室に3ヶ月だけ通ったとか、そのくらいであった。
人生で初めて継続的・定期的・長期の習い事をやることになったのは、それから10年以上も後、社会人になってからのことである。

そんな感じなので、特技とか、長年やっていることとか、秀でたものというのを特に持たぬまま歳を重ねてしまっている。空虚。
今思うと、ピアノなんかはやっておけばよかった、良い先生に巡り会えていればきっと人生は違ったものになっただろうなどと思う。
なので、子どもの頃からの特技や、習い事から生かされているものがある人を結構羨ましく思う。

ただ、なんでもかんでも子どもの頃からやるほうが良いというわけでもないのではないか。
実際に、個人的にこれはあえて大人になってから始めてよかった!と思ったものもある。あくまで個人の感覚だが。
例えばバレエなどのダンス系。
子どもの頃にうっかりこういう世界に足を踏み入れていたら、練習がやたらガチだったり、発表会だの衣装だとか、それに付随する子ども間のどろどろしたものを味わったり、それはそれで大変だったろうと思う(すべての教室がそうではないと思うが)。
それにひきかえ、大人になれば、とにかくもう純粋なエクササイズとして割とゆるく、平和に楽しめる。叱られることもない。これは、自分にとっては良かったと思う。

同様に、我が人生初の習い事であるボイストレーニングにもそういうところがあると思う。
もしこれを幼少時から始めていたとしたら、今頃大変な美声であったのだろうとも妄想するが、子どもの頃の筆者には声の重要性などあまり理解できなかっただろう。それゆえに、レッスンでやるようないろんな練習も、恥ずかしいとかつまんないとか思ってしまい、それほど身が入らなかったのではないか。
これは、少なくとも自分にとっては、社会に出て、人前に話す(そして、打ちひしがれる)機会も出てきて、なんなら歌う趣味なんかもできて、声のもたらす影響力や自分の癖・コンプレックスを痛感したからこそ、より「響く」習い事だったのではないかと思う。だからこそ、どんな練習も「ああ、これは効いちゃうなまいったなグヘヘ」と毎回ノリノリで受けて立ち、モチベーションを保ってこれた部分は、多分にある。

ここまで筆者個人の経験談をつらつら述べてきたが、おそらく人それぞれ、何らかのものに出会うあるいは出会わないという巡り合わせ、あるいはそのベストな時期というものがあるものであろう。過去を思い返すと、あのときあれやっとけばよかったとかやっといてよかったとかやらなくてよかったとか色々な思いを皆それぞれに持っているものであろうが、なんだかんだで誰しもその時々でとりうる最善の道(運命や必然のようなものも含め?)をたどってきたのだと思う。
そして、きっとその選択の一つ一つ、そこで感じたこと、そしてその結果進むこととなった道そのものが、結果として一人ひとりのキャラクターの要素を構成していると思うと、単純にめちゃくちゃ興味深い。
ぜひ、機会があれば読者の皆様の習い事ヒストリーもお伺いしたいです。

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