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穏やかに絶望したのだ

高校でソフトボール部に入って、レギュラーで、ショートで、主将でした。

3年の春。突然、プレー感覚をほぼ忘れてしまうという事態に陥りました。自分でも全く原因がわからない。練習試合をよくしていた相手チームから心配されるほど、打てない。守備は「入りたての1年生が3年生に混じって試合に出る」という恐ろしい感覚でした。

ゴロが、内野フライが、怖い。(内野の要)

全く打てる気がしない。(一番バッター)

最終打率は1割3分3厘。悲惨極まりない。ずっとレギュラーからはずして欲しかったけれど、代わりがいないショートというポジション。県大会決勝まで進むほどのチームだったため、夏休み最終日まで部活が続き、本当に辛かった。

最近、あれは「イップス」ではないか?と思うようになったけれど、今度は何がそんなにストレスになっていたのか、見当がつかない。

進路を決める際、進学したかったけれど親に反対されて就職しました。なりたい職業まで決まっていて、通いたい学校まできまっていたのに。理由は「下が(妹弟)が進学するかも。3人進学は厳しい」でした。

号泣するとかやさぐれるとかはなくて、ただがっかりした。

その時から「私がどう行動すれば、周りがOKなのか」が行動の指針になっていた。完全に「軸」を放り投げたよ~。

そのあと7年間、他人軸のまま過ごすことになります。なーんにも考えない、自分で決めたくない、周りが期待する私を生きる日々。ようやく、モラハラさんとの離婚を決意するとき、「軸」が自分に戻ってきました。

先日、メンターの方にこの頃の話しをした。

「その時、絶望しちゃったんだよ!」

と、言われました。思いもよらない言葉!

その職業にとても魅力を感じ、それになるためにする勉強にもワクワクしかなかった。ましてや反対されるなんて全く考えなかった。

そんなワクワクしかない自分のやりたかったことを、ただ言葉ひとつで返されたことに、穏やかに絶望していたのだ。

あの時のストレスはこれだった。それがわかっただけで、なんだか安心した。

誰を恨むでもない。ただ、そのときの自分をハグしてあげた。

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