Martin Margiela “Artisanal” Jeans

メゾンに属するデザイナーは、概して古着と距離を置く傾向にある。古着とは「過去」であり、服飾史として学ぶことはあっても、すなわちモードの流儀に反する存在であるからだ。
彼らの中で、「過去」に視線を送り、それを「未来」に変えた人物は、マルタン=マルジェラをおいて他にいない。

1988年に自身のブランドを立ち上げ、パリの喝采を順当に攫ったマルジェラは、コレクションに古着を取り入れる機会を虎視眈々と狙っていた。その瞬間が遂に訪れる。
蚤の市で買ってきた素材で仕立てたオープン・イヴニングドレスが口火を切り、1991年春夏から毎シーズン展開されることになるライン「アーティザナル(“Artisanal”)」が幕開けした。

至ってシンプルに、古着のジーンズを、白のペンキで塗り潰す。
古着の象徴にして、メゾンともっとも相性の悪いジーンズを、マルジェラは、1992年春夏コレクションのアーティザナル・ラインにおいて導入した。
「ビアンケット」と称されるこの技法、イタリア語で「白い塗料」を意味するそうだが、同時に「春トリュフ」を指す語彙でもある。トリュフの表面がひび割れるように、着用を重ねるうちに、ジーンズ表面のペンキもひび割れを引き起した。
一説には、「レザー製品を買えない労働者が、ジーンズをペンキで塗り上げた」ことに由来するとも言われるが、製品を「塗りたくる」(もしくは「染め上げる」)という手法は、マルジェラにとって常套のようなもの。メゾン(店舗)からしてペンキと綿布で真っ白に塗り上げられていたし、最初のタグが白無地であるのも、同じ理由からだ。

1994年春夏コレクションでは、メゾン立ち上げから今までに展開した10回のコレクションを早くも復刻した。ペンキ・ジーンズをはじめ、すでに「名作」と化していたいくつかの作品を、わずかに姿を変えてコレクションに再登場させたのだ。
以後ブランドが存続する現在まで、マルタン=マルジェラが退任し、ジョン=ガリアーノにデザイナーが挿げ替わったのちも、メゾン・マルジェラは、過去の「名作」を復刻させることに躊躇しない。この「繰り返し」の試みは、単に懐古主義に起因するリバイバルではなく、「脱構築」に他ならない創造行為である。

マルジェラが語られる際、「反モード」とともに「脱構築(“Deconstruction”)」の単語が頻繁に文脈に現れる。マルジェラ自身も好んで使うが、思うに、この単語は2つの方面に向けられている。一つは、モードとも呼ばれるような社会潮流(=ドグマ)——もう一つは、己の内面に対して、である。
例えば、アーティザナル・ラインに使用される古着は、蚤の市で買い付けられるが、マルジェラ本人が赴くこともあれば、スタッフを遣わせることもある。その際、スタッフが買い付けた、自らの趣向に合わない素材を取り入れることで、面白い作品が出来上がることがあるそうだ。

「新しいアイデアを生み出してこそ意味がある」と、マルタン=マルジェラは語りながら微笑んだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?