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【小説】ファインダーの向こうに①

松下洸平さんの『KISS』という曲にインスパイアされて書きました。曲とは直接関係のない想像のお話です。②まであります。

私達4人は同じ会社の同僚として出会った。職場の中で「若手」と言われていた頃。
気付けばあれから7年。まだ若いような、もう若くないような、曖昧な位置。各々部署も異動したが、今も定期的に4人で集まっている。

さえは私の同期。目鼻立ちのはっきりとした美しい顔をくしゃくしゃにして笑うのがかわいい。小柄で華奢なのに、なんでもよく食べる。オーラがいつもどこかハッピーで、私は彼女といるだけで本当に幸せだ。ネガティブなことも、しんどいことも、ずっと共有し合ってきた。同僚を超えて私の大切な友達、親友だと思う。

森田さんは私達の2期上。いつも優しいジェントルマン。背が高くて、黒縁の眼鏡をかけていて、穏やかに静かに柔らかい言葉で話す。とてもおしゃれで知的な雰囲気だけど、ちょっと天然なところもあって親しみやすく、いてくれるだけで皆に安心感を与える存在。

そして、安達さん。森田さんと同期だけど、歳は森田さんの一つ上。若手で飲みに行こうよーって最初に誘ってくれたのも、集まろうって声をかけてお店を決めてくれるのも、いつも彼。話し上手で、いろんなことを知っていて、誰とでも積極的にコミュニケーションをとる人。周りをよく見ていて、皆に気を配ってくれて、同じ部署にいた頃も何度も助けてもらった。

「ねー、来週みんなでドライブ行かない?」
安達さんはいつも、前のめりで何かを楽しもうとする。
「わ、ついに車買ったんですか!」
「そうなのよ!中古だけど。どこ行こっか?海でも行く?」
「海!いいですねー!私夏からずっと海行きたくて!」
「海いいね、でも2月ってまだ寒いんじゃないのかな…、まぁでもドライブと言えば海だよなぁ。」
「そそそ!さすが森田くん。ドライブといえば海ですよ。で、帰りになんかあったかいもの食べよ?」
「カレーの店、あの辺り多いよね、海沿いのところ。」
「こないだ森田が言ってたとこも、あの辺だよ、ほらスープカレーの。」
「あぁ!そうだったね、雑誌で見たんだよ、カフェみたいなお店で。」
「私もスープカレー食べたい!」
「よーし決まり決まり!」

私は3人の会話を聴いているのが大好きだ。
森田さんと安達さんって、なんだか変な例えだけど二つの歯車みたいだなぁと思う。回る方向も歯の数も違うのに、違うからこそ、美しく噛み合っている感じ。
冴はいつもノリの良い素直な反応で、皆を幸せにする。私はそこに巻き込まれて、いつも楽しい方へ動かしてもらっているなぁと思う。

「ね、ゆいちゃんカメラ持ってきてよ!あのカッコいいやつ!」

みんな楽しそうで、お互いに優しくて、心地よくて、安心する。そんな3人を、少し離れたところから写真に撮る。私の至福の時間だ。海ではしゃぐ3人を思い浮かべるだけで嬉しくて幸せで言葉にならず、私はグラスに少し残っていたハイボールを流し込んでから、黙って大きく頷いた。

「じゃ来週ね!俺が皆の家迎えに行くから。また一週間がんばりましょう、えいえいおー!」
「張り切ってんなあ。じゃあ、またね、お疲れさま。」
ゆい、またね!」
「うん、また連絡するー!」

小柄なさえと長身の森田さん。並んで歩く二人の後ろ姿をしばらく見ていた。お似合いだなあ。
「結婚すんのかな、あの二人。」
「一緒に住んでもう一年たちますもんね。」
「結婚式では、俺が友人代表スピーチだな。アイツ泣かせる自信あるわ。って、言ってる俺が先に泣きそう!」
二人が角を曲がって見えなくなる。
「さーて。帰るか。唯ちゃん今日はチャリ?」
「あ、雨降りそうだなと思って。歩きです。」
「そっか、じゃ途中まで俺も歩こ。」

二人の後ろ姿を見る安達さんが、いつも少しだけ悲しそうなのを私は知っている。そんな安達さんを見るとき私は、どうしようもなく傷ついた気持ちになる。
歩いているうち雨が降ってきた。
「わ、やっぱり降ってきたね、傘ある?」
「あります。安達さんは?」
「俺は大丈夫、多少の雨では傘をささない男だから。」
「何ですかその強がりは。」
私より少し背の高い安達さんに、手を伸ばして小さな折り畳み傘をさしかけた。深い茶色の瞳。いつも目を見て話してくれるけれど、なんだか初めて目が合ったような気がする。心臓が走る。安達さんは、傘を持つ私の手を彼の大きな手で上から包むと、少し屈んで、私にキスをした。時が止まる。雨だけが絶え間なく。さあさあと静かに。
「……傘、ありがとうね、気を付けて。」
傘をささずに歩く後ろ姿が、夜の雨の中に消えていく。
それが現実なのか夢なのかよくわからないまま、私はしばらく立ち尽くして、儚く美しい雨の音を聴いていた。
(②へつづく。)

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