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やさしさ

松下洸平さんの『つよがり』シリーズ第三弾。
昨夜のRADIOでのお話を聴いて、深夜のテンションに任せて勢いだけで書いてしまった物語。曲とは直接一切関係のない架空のお話です。

彼の車で流れる音楽が好きだった。いつも私の知らない世界に連れていってくれた。彼は、その曲の背景や、どこが好きかを話してくれる。楽しそうに、キラキラして。全然わからなくても、嬉しい。好きだなぁ、と思う。

行き先はいつも彼の気まぐれで決まる。スリランカカレー食べたいなぁ、と呟く彼に、私はただ「うん」と頷く。彼が幸せそうなら、それでいい。

こうやって二人でドライブして、食事して、愛してくれて、帰りにキスしてくれる、その相手が私だけではないこともわかっていた。彼は本当に優しい。性別も何もかも関係なく。人間だけじゃない、動物にも自然にも、この世の全てのものに優しかった。
そんなの本当の優しさじゃないよ、と友人達には言われる。でも私にはわかる。彼は本当に優しいのだ。

私が連絡するといつもすぐに迎えにきてくれた。
会いたい、と言う前に、会いたい気持ちを掬いとって抱き締めてくれる。
彼の腕は白く、瞳は透き通るように茶色い。その目でまっすぐに私を見て、決して視線をそらさない。いつも私が堪えきれなくなって彼の唇を塞ぐのだ。
「また負けた」
私は笑い、彼も笑う。幸せすぎて涙が出る。

二人でぼうっと天井を見ながら、他愛ない話をする。
車の中の音楽の話も好きだけど、私はこの時間が何より好きだった。
彼の両親のこと、歳の離れた弟のこと、実家で飼っている犬のこと、月の満ち欠けや、暦のこと、旬の食材や、気候や、世界や、もちろん音楽や、とにかくいろんなことを。ひとつひとつ大切に、全てに深い愛を持って話してくれる。この人が、優しくないはずなどない。

この大きすぎる優しさを、私が独り占めすることなんてできないのだ。配っても配っても溢れてくるほどの彼の愛で、幸せになる人が、一人でも多い方が良い。
本気でそう思っていた。

この幸せに終わりがあるなんて知らずに。

車の中で初めて聴く音楽が流れている。でも今日の彼は黙っている。それでもいい、同じ空気の中で同じ音楽を吸い込んでいる、それだけで私は贅沢すぎる、と思う。

今日も、私の負けだった。まっすぐな瞳に胸がいっぱいになり、くちづけして、私はいつものように笑った。が、彼は、小さく息を吐くだけで笑ってくれない。
抱き締めてくれる両腕も、柔らかい髪も、いつものように優しいのに、悲しい。
放心しながら天井を眺め、あぁ最後なのだ、と思った。もうすぐ終わってしまう、優しさに包まれた幸せが、終わってしまうなんて。
今日は私ばかりが積極的に話した。この夜が終わらないように、彼の優しさを忘れないように、必死で。

やっぱり、私一人のものなら良かった。
今頃になって思う。もう遅すぎるのに。

送るよ、と言う彼に私は、ありがとう、と言い、
車に乗らず歩き出した。
夜の街は煌めいて、涙で滲んだ光が私を包む。
彼がくれた優しさが、満ち溢れて私から零れていく。
これ以上私の中から彼が消えてしまわないように、私は上を向いて、青い光の方へと、ゆっくりと、歩みを進めた。

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