見出し画像

【エッセイ】絵本のすすぬ『もこ もこもこ』をご紹介

絵本のすすぬ・・・幼稚園教諭と絵本出版社勤務を経験した私がお送りするおすすめ絵本紹介エッセイ。絵本の〝すすめ〟なんて偉そうなことは言えないから〝ぬ〟。

もこ もこもこ書影 

「もこ もこもこ」 文研出版 谷川俊太郎 元永定正 

 小学5年生の頃、英語の塾に通っていた。カナダ人女性の先生を中心に椅子を丸く並べて座り、簡単な英会話や歌で楽しく英語を学ぼうというものだった。クラスメイトの1人にチアキという女の子がいた。ボーイッシュな髪型に飾らない服装。友だちは男の子の方が多く元気な女の子だった。チアキはいつも
「マサクニ、やさしっ!」
 と言っていた。優しいではなく〝やさしっ!〟だった。きっと、僕が他の男子みたいに、チアキの靴の中に小さい玩具を入れて悪戯したり、「うええいい!」と意味もないのに触り、ちょっかいを出したりしなかったからだろう。出さなかったのではなく、出せなかったのだけれど。
 そんな僕はやさしっ!で、それはチアキからしたら優しいではなく
「お前は、そんな悪ふざけも出来んのかい!臆病者!やさしっ!」
 ってことだったのかもしれない。

 ある日の授業のことだ。今日は「Like」を使って会話をしてみようということになり、
「Do you like~?」の使い方を勉強することになった。先生が、1人1人にこの形式で質問をし、それを僕らが
『Yes or No』
 で答えるというものだ。一番端の生徒から質問されていく。ピーマンは好きか?学校は好きか?など他愛もない質問が続き、僕の番になった。すると先生は僕の目を見つめ、少し口元を緩めた。何だか、とても嫌な予感がした。そしてそれは的中した。
「Do you like Chiaki?」
「えっ」と思った。
 賑やかだったクラスは静まり返り、僕は、なんて質問をされているのだろう?理解が出来ない程に、頭は真っ白になった。先生はきっと軽い気持ちで質問したのだと思う。外国の人達は、好きか?嫌いか?なんて他人の目を気にせず、ズバッと言えるのかもしれない。羨ましい。でも僕は日本人で小学生だ。イエス、ノーでそれに堂々と答えられるはずはなかった。『あなたはチアキが好き?』だなんて…。
 ふとチアキを見た。チアキは僕の方を真っ直ぐ見ている。目が合ったが、すぐ逸らした。
 僕は、しばらく考える素振りを見せ、とてもとてもヘラヘラした声と、ふざけた表情で
「No」
 と言い放った。クラスメイトは大いに笑った。先生は声をあげて驚いた。そして、チアキは、ぐにゃっとした顔をして、もう、それから僕のことを見てくれなくなった。
 みんなの前で言うのが恥ずかしかった。最悪、僕のふざけた「No」を聞いたら、チアキは笑ってくれるかもしれないと期待していたが、その時、言葉はとても頼りなかった。

 絵本「もこ もこもこ」を、明日楽しいことが待っている保育士が読み聞かせをしたらどうだろう。失恋直後の保育士はどうだろう。今日、定年退職を迎える保育士はどうだろう。これは読み手の感情が物語に直結する面白い絵本だ。
あの日、「No」や「Yes」なんて言葉じゃなく、笑いながら「もこ もこもこ」って言った方が、僕の気持ちは伝わったかもしれなかった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?