「私小説・音楽と物語性」/ Theムッシュビ♂ト

今回は、J-POP-SSW で(J-)POP ネットレーベルのポジティヴレコーズ主宰のTheムッシュビ♂トさんによる文章「私小説・音楽と物語性」です。音楽活動に悩みながらも前に進もうとするTheムッシュビ♂トさんが様々な作品に触れ、感動と出会い、その出会いを生かし次の一歩を踏み出すドキュメントです。

「私小説・音楽と物語性」

文 Theムッシュビ♂ト

この夏、僕は慢性的な憂鬱に襲われていた。

「いつまでこのうだつの上がらない人生は続くのか」と自分の人生を呪う毎日だった。初の実写MVの撮影を進めながらも、僕は晴れない毎日を過ごしていた。

「なんでこんな人生なんだ」と呟くとき、人は自分の人生を物語として捉えている。物語性とは、漠然とした情報(出来事や感情など)を整理し、そこに整然とした(価値ある)道筋を与えることだと思う。救い難い人生とは、価値ある出来事がないか、またはそれに価値ある道筋を与えられない人生のことではないだろうか。

シンガーソングライターである僕は昨年秋「彼氏のマストアイテム」というアルバムを作った。「人生に絶望した男が、恋をすることで少しずつ人生に前向きになっていく」という物語を、曲順通りに進行させていく全16トラックのコンセプト・アルバムであり、自らの私小説をエンターテイメントに昇華した、我ながら傑作だと思う作品だ。

しかし、その発表から約1年、僕はそこから前進できないでいた。アルバムの最後の大団円(恋が叶ったかどうかはわからないが、最大限の自己肯定感を手にして物語は終わる)とは裏腹に、人生の物語は停滞したままだった。アルバムは終わっても人生は続くし、自分も新しい作品をまた世に出したい。しかし、望みは空回りし、ただただ漫然としていた。

僕は物語を渇望し、様々な作品に触れた。庵野秀明監督の「シン・ゴジラ」や七尾旅人氏のライブ映像「兵士A」など、(戦後の日本)社会を俯瞰するような大きな物語に触れ、そういうものを作ろうと試みたりもした。「シン・ゴジラ」の劇中曲・「Who will know」は人知れず滅びゆく存在がその中でも希望を探そうとする荘厳な曲だ。七尾旅人氏の「きみはひかり ぼくのひかり」は戦後日本が原子力に託した想いとそれに裏切られる様を悲しく、そして優しく歌った名曲だ。

新海誠監督の「君の名は。」や、RADWIMPSの歌う主題歌「前前前世」にはのめり込めなかった。(それがマイノリティなのかマジョリティなのかはわからないが)「恋愛市場の勝ち組」の為の作品にしか思えなかったのは、作品が良くなかったと言うよりは僕の受信能力が欠けていたからだろう。僕はラブソングを主に書き、それを売りにしていたのだが、いつの間にか致命的な欠落が起こっていた。ラブソングの価値は聞き手の恋愛事情に大きく依存すると思うのだが、つまり僕はその辺りが全く上手く行ってなかったのだ。

もしかしたら「そういう時期」なのかも知れないが、周りの近しいミュージシャンたちは上り調子だ。アルバムをオーケストラ録音で制作し発売する人、上京し新しい環境でチャレンジする人、念願のバンドメンバーが見つかり憑き物が取れたかのように作曲に邁進する人、活動休止から明けてようやく初アルバムのレコーディングを終えたバンド...。

「私だけ何も見つからなかったらどうしよう、怖いよ」と漏らして号泣したのはアニメ「アイドルマスターシンデレラガールズ」のヒロイン・島村卯月だ。周りのアイドルがどんどん自分の道を見つけて、自分を追い越していく不安。自分の取り柄だと思っていたことも疑い、本当の心が遠くなっていく恐怖。それを漏らしたとき、彼女は初めて素直に涙を流した。「私には何もない」と。

しかし、本当の気持ちに気付いた彼女は、ゆっくりとステージに向かい、「S(mile)ING!」という曲を歌った。笑顔と歌うこと、そこへの道のり(mile)、そこからの未来を肯定した、素晴らしい歌を彼女が笑顔で歌ったのを見たとき、少しだけど僕も夜明けが近いのを感じていた。

僕の実写MV「もうすぐ素直じゃなくなる」(「彼氏のマストアイテム」収録曲)の撮影最終日、ラストの「朝陽の中で歌う」シーンだけが残っていた。僕は島村卯月の笑顔を思い出しながら、撮影に臨んだ。

この曲は、素直な気持ちが少しずつ不器用になっていき、そしてまた新たな素直さへと変わる物語を歌った曲で、歌詞の最後は「もうすぐ会えない/長い夜が明けて/君の居る朝が来るよ/そしたら私は素直に笑える/きっと」という一節で終わる。

この一夏、様々な「音楽が織り成す物語」に触れながら生きてきた僕は、自分の音楽の物語に帰着した。撮影の最後に僕は歌詞の通り素直に笑えた。この夏に出会った様々な作品に、自分の人生にとっての大切な道筋を与えることができたとき、音楽の物語はどこまでも雄大で、僕は一歩大きく成長した気がした。


■プロフィール■

Theムッシュビ♂ト(twitter @monsiurbeat
http://monsiurbeat.jimdo.com 

サウンドクラウド

http://soundcloud.com/monsiurbeat

ポジティヴレコーズ(twitter @positive_rec
http://positiverecords.bandcamp.com/ 

販売作品 

https://positiverecords.booth.pm