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新作歌舞伎『刀剣乱舞 月刀剣縁桐』感想

前置き
審神者歴2年の新参者が初めて歌舞伎を観劇した感想です。
不勉強な点諸々ご容赦ください。

私の本丸と私の三日月宗近

 メディアミックスというものは、良くも悪くも原作との差異を突かれるものです。
その点、刀剣乱舞は比較対象が原作ゲームではなくて各々の本丸であるところに私は惹かれています。
 審神者と刀剣男士の関係性は千差万別で、私はアニメやミュージカル、果ては二次創作を目にする度にその多様さを楽しんでいます。

 さて、私の本丸はといえば、もともとはミュージカル刀剣乱舞の『にっかり青江単騎出陣』を観るための予習として立ち上げたもの。
 初期刀は歌仙兼定、初鍛刀は博多藤四郎。そして大侵攻に備えて政府から送られた三日月宗近。この三振りと共に、遡行軍との戦いに身を投じました。
 ろくに下調べもせずに始めた中でも、最初の一振りとして選んだ歌仙兼定と、審神者になって初めて鍛刀した博多藤四郎は苦楽を共にした仲。一方で三日月宗近は「CMで見たことある」くらいの印象でした。
 そんな中、本丸の立ち上げから一ヶ月ほどで三日月宗近は突然の出奔。新しい刀剣男士の顕現と練度上げに手一杯な私は大混乱でした。その後の大侵攻を経てからも「何を考えているのかよく分からないけど達観しているお方」というイメージのまま今に至ります。
 例えるならば"仕事中は頼りにしてるけど、プライベートの相談はしない上司"といった風です。そして向こうも私に心を開いてくれていないんだろうと勝手に思ってます。
 そんなこんなで私は三日月宗近が怖いのです。審神者として力不足であることを嫌でも認識してしまう。極の修行を終えた男士も増え、折々のイベントもこなして審神者業にも慣れつつある今でも、私は三日月宗近の心の中が分からないままなのです。

新作歌舞伎『刀剣乱舞 月刀剣縁桐』

 前置きが長くなりました。歌舞伎本丸のお話しです。
 会場に入った時から物語への誘いが始まっており、もうワクワクが止まりません。見慣れた刀紋が掲げられているだけで嬉しい。幕に書かれた文字もまた美しい。歌舞伎サイドが原作ゲームを大切に扱ってくださっているのがよく分かります。
 前説?のお二人は、こんのすけが本丸の中をチョロチョロと歩きながらおしゃべりしてくれている感じで楽しく開演を待ちました。
 全体を通して言えることですが、刀剣乱舞をご存知ない方々でも楽しめるような工夫が凝らされていて、安心出来るというか肩身の狭さを感じずに済みました。

 序幕から幕間までは、ずっとイヤホンガイドの解説を聞きながら観ていました。無声時の音がやや気になるものの、あれだけの情報を観劇しながら補足してもらえるのは本当に贅沢なことです。歌舞伎に携わる方々が、心から「歌舞伎って楽しいよ!」と思ってらっしゃるのがヒシヒシと伝わります。

 刀工三条宗近は、大地を踏み締める音を天に轟かせ、祈りを神に届けようとする人間の存在を知らしめるような姿でした。
 自称「じじい」の三日月宗近が生み出される瞬間はなんとも不思議な感覚です。刀工・三条宗近は松也さんが演じられていたんですよね。そこもまた魅力的。(刀を作る工程はいろいろありますが)三日月宗近が最初に刀身に映したのは三条宗近だった、と思うと激アツ。

 審神者の声は聞き慣れたミュージカル本丸とは違うお声。三日月宗近と審神者との会話から両者間の信頼関係が窺えます。ただ仲が良いのではなく、絶対的な主従関係があることが分かるのです。
 「あの三日月宗近を従えている」という時点でもう期待倍増。と同時に、序盤から三日月宗近へのイメージが揺らぎます。
 後進を見守ることを自負する彼にも多感な時期があったのかな、なんて見えてしまいます。
三日月宗近と書いて不穏と読ませるくらい、常に何かを隠しているキャラですが(私の主観です)いつもとは違うな、と思いました。なんというか、思春期の多感な時期に触れた感じでした。

出陣する六振について

 舞台上で観てその美しさに惚れ惚れしてしまったのは小烏丸。原作では華奢な出立ちで「父」を名乗るアンビバレントさが特徴のキャラクターです。
 ずっと爪先立ちをしているわけではないのに、なんとなくそう見えてくるのがすごいところ。衣装の腰の位置なのかな?役者さんの立ち方なのかな?と考えながら観入ってました。全ての所作がとにかく優美。
 カテコではしゃぎすぎて写真がブレブレでした。惜しいことをした…

 歌舞伎本丸の小狐丸は、野生味が強くて男らしい個体ですね。あの小狐丸に「撫でてください」と言われたらちょっと遠慮してしまうかも。とはいえ、毛並みはふっかふかなので、小狐丸が別のことに集中してる時を見計らって触りにいきたいものです。
 小狐丸も小烏丸も、私の中ではマイペースな印象の男士でしたが、迷いを見せる三日月宗近の前で毅然と道を正す役割を担っているようでした。そういう存在って実生活でもすごくありがたいですよね。

 史実と伝説の両方を備える源氏刀兄弟。ほっこりさせる兄弟仲と、勇ましい気迫の相まったキャラクターは歌舞伎本丸でも健在でした。
 お腹のポンポンを弄りながら出て来る髭切が本当に可愛かった。ヘチョヘチョな「あにじゃぁ〜」を歌舞伎本丸で見られると思わなかった。お二人ともまだ若い役者さんなんですね。他の演目でも是非観てみたいです。

 同田貫正国は今回唯一の打刀。特定の主人がいたわけでは無く集合体が顕現したタイプの男士。集合体タイプや、逸話ベースタイプの刀剣男士は他にも居ますが、誰よりもリアリストだと思います。戦場に己を見出しつつも破滅的ではなく、無骨だけどぶっきらぼうでもない。彼は相手の思いを汲むこともできるんです。悩んでいる時に背中を押してくれる刀剣男士第一位。最初は「なぜこの中に?」となったけど、彼の考え方はいつもシンプルで、だからこそ仲間を導けるのだと思います。

 そして三日月宗近。気の遠くなるような月日を数多の持主と渡り歩いてきたからこそ、一人の人間に固執するイメージはありませんでした。
 たくさんの人間に触れられてきたからこそ、人間の危うさとそれを上回る愛おしさをその細い刀身に映してきたのだな、ということを歌舞伎本丸の三日月宗近から感じました。美術品・文化財として永く飾られてきた刀剣が、人の身を得て戦うとはどういうことなのか、改めて考えさせられます。
 一緒に庭を歩くシーンはグッときました。その時と逆行するように回る戦いのシーンも。
 歌舞伎本丸での出来事とはいえ、センチメンタルな姿を目にすると、原作で骨喰藤四郎に話かけている回想とかいろいろなものが感慨深くなります。

 そうそう、原作と服装が違う!だとか、髪型が違う!とは不思議と思いませんでした。三日月宗近の後頭部だけを観ても「三日月だ!」となるんです。それだけ細かいディテールにこだわってらっしゃるのだと思います。カテコで撮影した写真ではそこまで写せなかったのですが、繊細に色彩調整されてました。

歴史上の人物と時間遡行軍

 刀剣男士の脇を固める歴史上の人物も実に鮮やかでした。果心居士をカチンコチンと空耳するほど歴史に疎い私でも存分に楽しむことが出来ました。歴史や他の歌舞伎の演目と比較するとさらに楽しめそうです。知りたいことが増えるのは嬉しいことですね。
 そうだ。歌舞伎界には衣装展とかあるのでしょうか。刀ももっとじっくり観たかったです。どうしても刀剣男士に目がいっていましたが、どの役の衣装も華やか。随所で潤沢な予算と確かな技術力を感じました。着物の柄も考察しがいがありそうですよね。有識者の方々が既に言及されていますが、有名な演目からの引用が演出として生きるのもまた歌舞伎本丸ならではだと思います。
 赤姫は可愛くて仕方ないですね。未来から来たイケメン(人外)に叶わぬ恋をしちゃうって、これはもう少女マンガだ!とキュンキュンしながら見てました。
 遡行軍はとにかく怖かったです。どのくらい怖いかというと、通路から5、6列目の私が身の危険を感じるくらい。近くの方が斬りかかられてました。(もちろんフリですが)
 不気味な殺気は刀剣男士たちの殺陣とは違う雰囲気です。遡行軍は媒体によって表現方法が変わりやすいので、見比べてみたいです。そんな遡行軍も、カテコでは短刀ちゃんがお辞儀しててなかなかお茶目でした。

 小道具と言って良いのかわかりませんが、弓と鶴、最高でしたね。音と演技と間がスリリングで、鶴は可哀想なんですけど心の中で「お見事!」と言ってしまいました。

 幕間から後半は、あえてイヤホンガイドを外してみました。今回は一度しか観られないと分かっていたので、知識不足でもとりあえず浴びてみようと思ってのことです。やっぱり初見のインパクトと現地でしか受け取れないものってあると思うんです。
 特に琵琶のソロはイヤホンガイドを外して正解でした。空気が漣立つというか、反物が宙に舞うように音が広がっていく感覚。
 目を閉じると一時的に時間軸は俯瞰構図へと変わり、ありありと息づく景色の美しさが浮かぶのです。あの時間だけでも現地に来て良かった!と思えます。

総じて

 演出・主演の尾上松也さんがさまざまな文化に触れてらっしゃること、そしてそれらを如何にして歌舞伎に還元するかということを考えておられることを感じました。伝統というのは守ることも大切なんだけど、守りに集中しすぎて成長を止めてもいけないんですよね。難しいことですが…
 原作が歌舞伎というフィルターを通って流れてくる。そしてそのフィルターは、確固たる歴史に裏打ちされながらも自由で、変化を恐れなくて、なんとも軽やかでした。
 出来ることならば、歌舞伎本丸に顕現しているであろう他の刀剣男士と彼らの物語を観てみたいものです。

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