漢詩もどき(漢柳)を為す4

久しぶりの投稿ではありますが、今回もカクヨムにて連載中の中華史風小説、「桃花詩記」第3話より作品を紹介。
第3話では主人公の本陶が律の里の街並みを見物しに出かけます。彼はまず、公園でとある家族(少年とその母親と祖父)に出会います。彼らとは公園に生えている大樹をテーマに詩作を語り合います。次に街の楼台(見張り台のような物)にまで足を延ばすと、そこでとある悩みを抱えた女性の詩を聞きます。その悩みとは一体……?というのが大まかな流れになります。
最初の3首は少年、母親、老翁が大樹を見て、それぞれ連想したことを詩に乗せた作品です。
最後の1首は憂いに沈む女性がその苦しみを綴った作品です。

1「大樹聖剣」 蓮少年作

悪鬼跋扈吐火炎  悪鬼跋扈して火炎を吐く
竜騎颯爽振聖剣  竜騎颯爽として聖剣を振るう
一閃討滅為骸山  一閃討滅骸の山を為す
万民安息奉祈念  万民安息祈念を奉ず

押韻 去声二十九艶(炎、剣、念)

語釈
・跋扈…のさばる。
・竜騎…竜騎士のこと。現代語。
・万民…世の民。

解釈
 悪鬼がのさばり、火炎を吐き散らす。
 竜騎士が颯爽と現れ、聖なる剣を振るう。
 剣の一閃は悪鬼共を討ち滅ぼし、その骸の山を築いた。
 民衆は安楽を得て、祈りを大樹に奉ずるようになった。

補足
 ファンタジー好きな少年の妄想を描いた作品。作者の中ではこれくらい気軽に作っても良いのでは?という思いから作った詩です。


2「良婦良孫」 老翁作

大樹貫城邑  大樹城邑を貫く
梢梢揺万枝  梢梢として万枝を揺らす
吾生落葉已  吾が生は葉を落とすのみ
婦子共孝慈  婦子は共に孝慈なり

押韻 上平四支(枝、慈)

語釈
・梢梢…風が木の葉に当たる様。長く垂れる様。
・已…~のみ。
・孝慈…よく父母に仕え、人々を慈しむこと。

解釈
 大樹が城内を貫くようにそびえ立つ。
 ざわざわと枝木が揺れている。
 私の生は(このたくましい木と異なり)後は木の葉を落とすだけである。
 嫁さん(息子の妻)とその子(孫)はそんな私を労わり、思いやってくれる(それはありがたいものだ)。

補足
 老人が自分の将来と家族への思いを綴った作品。樹木の生態を人の一生になぞらえるのはありがちな発想で、出来としては凡作。素朴な作りを意識したが故に、訳に細かい補足が必要になっているのも反省点。


3「玉樹枝間」 母親作

玉樹常孤高  玉樹常に孤高なり
交交連理乎  交交として連理ならんや
誰能為好逑  誰か能く好き逑とならん
枝間育衆雛  枝間衆雛を育めるを

押韻 上平七虞(乎、雛)

語釈
・玉樹…美しい樹。
・交交…木の枝が交じり合う様。
・連理…木の枝が続いて別の幹の枝と一つとなること。夫婦や男女の結びつきの比喩に使われる。
・逑…連れ合い。夫婦。

解釈 ※作中でも語られている通り、複数あり

A解釈
 美しい樹はいつでも気高く立っている。
 枝を交えて他の樹と結び付かないのだろうか。
 ただ他にこの樹と釣り合うものがあろうか。
 その身で鳥の雛を育んでいるこんな立派な樹には(並び立つものがいない)。

B解釈
 美しい樹はいつでも気高く立っている。
 枝を交えて他の樹と結び付かないのだろうか。
 誰か連れ合いとなってくれる樹はないのだろうか。
 その身でひな鳥を育んでいる立派な樹だというのに。

C解釈
 美しい樹はいつでも孤高だ。
 枝を交えて他の樹と結び付かないのだろうか。
 他にこの樹と連れ合いになる樹はないだろうか。
 いや、枝の中のひな鳥を育てているから独り身ではないだろう(立派だから自然と他者が寄ってくるんだな)。

補足
 少年の母親による作(という設定)。作中の世界では本来、教育を受けられる高貴な女性でなければ詩を為すことはできない。一般人でなおかつ女性でも詩を為せるという点から律の文化水準を表す。3句目と4句目の行間をどう捉えるかが鍵となる。読み方次第で解釈が変わる面白みを盛り込んだ作品。

4「憂」 尹詩耽作

数行暗涙窃嘆悔  数行暗涙窃かに嘆悔し
連日煩悶徒衰怠  連日煩悶徒に衰怠す
詩書文楽逸感興  詩書文楽感興を逸し
花鳥風月失色彩  花鳥風月色彩を失う

押韻 上声十賄(悔、怠、彩)

語釈
・暗涙…人知れず涙を流すこと。
・窃…ひそかに。
・嘆悔…嘆き悔いること。
・煩悶…心に煩い悶えること。
・徒…いたずらに。むなしく。無駄に。
・感興…心が沸くこと。物に感じて心に起こる面白み。

解釈
 人知れず数行の涙を流し、嘆き悔いている。
 連日心を煩わせ、むなしく弱っていく。
 詩や書、学問や音楽も心動かされない。
 花や鳥、自然を眺めても彩りを感じられない。

補足
 憂いを嘆く女性、尹詩耽の作。本当につらい時には小難しくて回りくどい表現を使わないだろうと考え、率直でわかりやすい表現を意識した。彼女が何に悩んでいるのかは小説の方を読んでいただければ!


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