終末のエチュード~アンドロイドと遺言編~#3【連載小説】

 残る期間のスケジュールは既にエマが決めていた。

 稚内から北海道道106号稚内天塩線、オロロンラインを通り、留萌から内陸に入り、旭川を経由して富良野を目指す。
 最後は島に戻りたいという希望もあり、往復約700kmの旅。
 地図には富良野までの国道以外にもいくつかマーキングされており、「それぞれの観光名所に立ち寄りながら進むの」と目を輝かせながら一つ一つのポイントを説明するエマ。

「どうやって移動するの?」
「ついてきて」

 車庫に案内されノアが目にしたのは中型のツーリングバイクだった。
「ひょっとしてこれ?」
「そう!」
「どうしたの、これ?」
「すごいでしょ! 作ったの!」とエマが胸を張る。
 正確には既に主のいなくなった中古のバイクを譲り受けカスタマイズしたそうだ。
「エマ、免許あるの?」
「ないよ、でも今さらそんなことは些細なことでしょ?」

 ノアが書庫に籠っている間、どうやらエマは他の兵士達と仲良くなり運転技術を学んでいたらしい。
「早速だけど、試運転で今日はここに行くわよ!」

 着いたのはノシャップ岬。基地からすぐ北に位置する観光地だ。

「みてみて、あそこに見えるのが私達の住んでいる島よ」
 雄々しくそびえる利尻富士。
「ほらほら、あそこに鹿がいる」
 野生の鹿の親子。
 子供のようにはしゃぐエマ。

「そこに座りましょ」
 太陽の熱で暖められた石のベンチ。
 イルカのモニュメントの先には水平線が広がり、太陽の光を反射して輝いている。

「ねえ、ここは夕暮れ時が素敵なの。日の入りまであと1時間くらいよ」
「あと1時間くらいこのままいるってこと?」
「そう、1時間くらいぼーっとするの」

 何もしない。
 それはノアにとってひどく無意味な時間に感じられた。
「キミは疲れているんだよ」
 ノアの肩に寄りかかり、「目を閉じて」とエマは言う。

 聞こえる? 寄せては返す波の音。キュウキュウと鳴くカモメの声。
 感じられる? 陽射しの温もり。肌に触れる潮風。磯の香り……。

 気付けば少し眠っていたようだ。

「知ってる? 日の出日の入りの太陽の動きって目で追えるくらい早いのよ」
 エマが水平線を指差す。
 太陽が沈んでいく。マジックアワー。夕日が水平線を暖色に包み込む。

「ね、綺麗でしょ?」
 エマは満足そうに微笑みかけ、ノアは「すごい」と呟いた。

 自然の営み。一日の終わり。
 太陽が沈んで夜が来て、また太陽が昇って朝が来る。

「特別なことでもないのよ。キミが知らないだけで」
 そう言ってエマは笑った。

 翌日は早朝から旅に出た。
 まだ肌寒い朝焼け時から、軍用ジャンパーを身にまとい、バイクで走り出す。
 寝坊しなかったことを褒められノアは「限られた時間を大切に使わないとね」と苦笑する。

「でもなんで1週間後なのかしら」
「1週間後の8月15日は終戦の日だよ」
 エノモトのことだ。正午に強制指示を発動し全てを終わらせるつもりだろう。

「まあ、私達は私達の時間を楽しみましょ」

 稚内から湾岸沿いに南下していく国道は、道内でもツーリングの聖地のひとつに挙げられる。

 青く澄んだ空、心地よい風。
 適度な振動も耳慣れてくると心地よいエンジン音。
 右には海が、左には広大な草原が、そして直線にどこまでも道が続く。

 道中、日本一の高層湿原を持つサロベツ原野に立ち寄り、展望台で一休み。
 鮮やかな新緑が眼前に広がる。

「なんだか旅行をしている実感が湧いてきたよ」
 ノアは上着を脱ぎ、伸びをしながら夏の陽射しを全身に浴びる。
 晴れやかな気分とはこういう状態を指すのだろう。

「ご夫人はご主人にこういう気持ちになってほしかったのかな」
「きっとそうね。キミもご主人もすぐ引き籠るから」

 それから先も、島と基地以外の世界を知らない二人にとって、目に映るすべてが新鮮だった。

 3キロに渡って風車が並ぶオトンルイ風力発電所。
 富士見の海辺のレストラン。

「まだ機能してるんだね」
 ノア達のような観光者はいないが、施設には遺されたアンドロイド達の生活の営みがある。

 世界が残りわずかであること。
 他のアンドロイドには伝えないと二人は事前に決めていた。

「知らない方が幸せなこともあるわよ」
 そう言って、エマはノアの背中をポンと叩いた。

 旭川に着く頃には既に日が暮れようとしていた。

「予想はしていたけど、都市部の方が被害は大きいね」
 道内でも札幌に次ぐ人口であったこの市は、アンドロイドの遺言も多種多様だったのだろう。
 多くの建物は崩壊している。

 二人は国道沿いに見つけた公園のキャンプ場で、持参した軍用食と寝袋で休息を取ることにした。

「本当はベッドで眠りたかったけど」とごちるエマ。
「でも、この方が星がすごく綺麗だよ」
「星なんて島でもいくらでも見れたじゃない」
「いつも足元のことばかりで、見上げたことがなかったんだ」
 ノアは無心で空を見続けていた。

「キミはいつも理解不能だわ。こんなセミの鳴き声にあふれた場所で、虫に食われながらも、目を輝かしているんだもん」

 翌朝、富良野のラベンダー畑。

「いよいよ最後の目的地だね」
「見頃は7月らしいけど、まだまだ大丈夫そうね」

 一面に広がる紫の絨毯と香りは身体中に染み入り疲れを癒す。

 芝生に寝転がる二人。
 木漏れ日からの柔らかな光が包み込む。

 ねえ、エマ。
 手塚治虫の火の鳥って知ってる?
 復活編という未来のお話があってね。
 そこではロビタというロボットが人間の代わりに働いているんだけど、ある日突然すべてのロビタが自殺しちゃうんだ。

 なぜ?

 ロビタには祖となる1体がいてね、その祖はある恋人2人の感情や記憶を持っていたんだ。

 月日が経つことでそれらの感情や記憶は失われてしまうんだけど、その祖をプロトタイプとしてロボットが作られたから、回路の奥底に受け継がれて眠っていた。

 そして、ある日その中の一体が自分は人間だということを主張するんだけど、見た目はロボットだし、その場にいる人間は全く信じてくれない。

 そこで自分が人間だと証明するために自殺をするんだ。

 自殺が人間らしい行動ってこと?

 そう、その世界ではロボットにはできないこと。

 始祖の行動はすべてのロビタに影響する。
 そして、すべてのロビタは溶解炉に身を投げるんだ。

 ふ~ん。

「キミはそんな世界に憧れているの?」
 
 理解はできる気がするよ、と答えるノア。
 私は理解不能、と答えるエマ。

「前からキミに聞いてみたかったんだけど……」

 そんな暗い世界に籠っていて、それって楽しいの?

 キミにはいま世界はどう映ってるの?
 前にも言ったけど、私から新しく生まれる感情はないの。

 でもね、理解はしたいの。
 世界は美しい。
 言葉にすると陳腐だけど、私はいま世界が美しいことを理解はしているつもりなの。

 そして、それはとても素敵なことだと思う。

「エマは明るいな」
 ノアがそう言うと、エマはえいとノアの上に覆いかぶさるように身を乗り出した。

 緩やかな傾斜に重力がかかり、二人はころころと芝生を転がる。

「どうしたの?」
 ノアが驚きエマに尋ねる。

「前にも言ったでしょ」

 日々の些細な出来事一つ一つの思い出が大切なのよ。
 もう少しで世界は終わってしまう。
 だからこそ毎日を精一杯楽しむの。

 ああ、そうか。
 もうすぐ僕らの世界は終わるのか。

 ねえ、エマ。
 少しわかった気がするよ。
 いまのこの気持ちが、僕に託された遺言の解なのかもしれない。

 それは戦死した主がきっとご夫人に言いたかった言葉でもある。


 いままでずっと一緒にいてくれてありがとう。

























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 エノモトはこの1週間悩み続けていた。

 主ならばどうするだろうか。
 きっとこの世界を終わらせるだろう。

 それが誰の記憶にも記録に残らなかったとしても。
 この世界に一石を投じることに意義を見出すだろう。

 はたして自分の選択は正しいのだろうか。
 その答えはいまだ見つかっていない。

 執務室の窓を開けた。
 夏の陽射しが照り付ける。

「良い天気だ」

 思わず声を漏らしていることに驚く。
 込み上げる感情が何なのかはわからなかった。

「わからないことばかりだ」
 そう呟き、エノモトは声高に笑った。


<了>



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