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救いや、安らぎになりたくて

20170720

ちょっと長いけど、想うことがあり、わたしが文章を書くことについて書きました。うれしいことが、あったんです。文章をやめたくない。お付き合い願います。

わたしの文章が走りだしたのは、明確だった。

あのころ、ひどく鬱々しい夜が多かった。悲しさや憤り、妬み、絶望、人生への落胆。そういったきもちのわるい感情が混在して、皮膚のすぐ下や、内臓のすきまなどを、ムカデのように這いずりまわるのが常。

どうしようもない夜、泣き喚き、罵り、いけないことばを叫びたくなる。この世をぜんぶ、敵にまわして、そのまま消えてしまいたい。消えることができたなら、でも、勢いに任せて音にすることばは、どこまでも鈍く響き続けてしまうのを知っていた。だから。

ほかでもないわたしのために、18歳のわたしはこっそりと文章を書きはじめた。きもちのわるい感情の昂りや、その熱量を、とじこめておく手段として文章を選んだだけのこと。人によって手段はちがう。文章を書けなんて誰も言ってないけど、確かにわたしの文章はあのときに走りだしてしまった。

格好つけてても自分がきもちよければそれでよかったし、一読して理解なんてされたくなかった。表面を舐めたくらいで「おいしいです」だなんて滑稽だ。もっとつよく噛み砕け。ぎりぎりと咀嚼して。もとの形だってわからなくなったそれを、嚥下してから言ってくれ。そうじゃないと、そうじゃないと。救われなかったんだよ、わたしに含まれた、あのきもちわるさが。

去年、あのときの文章とまっすぐ向き合えるようになって、ひっそりとしたtumblrからnoteへゆっくり移行した。なぜだろう、なぜそうしたんだろう。でもそれからずっと、文章と向き合っている。

ただ、今はもっと、おだやかだ。憤りなどの、いちいち、そういう圧がなくたってもう大丈夫。ことばひとつずつを手にとって、感触を確かめるみたいに、とんとんと並べるのがたのしい。毎日のちょっとしたことば遊びを続けている。

いまは、「誰かに読んでほしい」と思って書いている。明確に、常に。

もちろんね、いまだって、わたしの好き勝手に書いているし、昨日みたいなnoteは日々の断片的な雑文だし、わあっと言わせるような着眼点や、誰かを笑顔にするほどの能もわたしやこのnoteにはなくて。そんでわたしにはそのつもりもなくて。

でも、わたしが生みだした文章のまとまりを、誰かにぎゅうっと抱きしめてほしい。「わかってほしい」ではない。わかってほしいことなんてあんまり書いてないから、噛み砕かなくていいし、深く考えなくていい。ただ、ことばの集いを、いいねとても愛しいね好きだよって抱きよせてほしい。わがまま?

これはここで初めて言うことだけれど、じつは、「誰かのためになる文章を書かなきゃいけないんだ」と勝手に焦って、うまく書けなくなった時期がある。それは「青い朝」として文章を書きだした当初、「読んでほしい」なら「読まれる」文章とコンテンツをそろえる必要がある、と。で、そうしたら、笑ってしまうほどめっきり書けなくなった。

そんな時、ある本がわたしに叱咤した。
「お前が読みたい文章を書け」と。
ああ、これだ。

誰かのおきもちなんか、わたしは知ったこっちゃない。あなたがわたしの今のきもちを知る由が無いように、わたしも、の気持ちを推し量るなんてできない。それはある時、とっても、お節介な気がしてしまう。だから、等身大でいい。いまのわたしそのまんま。今までのように、これからもずっと「わたしのため」でいい。

〈ねむれない夜を越え、何度もむかえた青い朝〉

そんな忘れぬ朝のため、文章を書き続けています。わたしのために並べたことばが、誰かの、ちょっとした救いや、安らぎになればうれしい。

なんでもない日々の生活を、どうか愛せますように。

aoiasa

それで、あそこに宣言した。いつも読んでくださっている方は、お気づきかもしれないけれど。わたしは、わたしのために文章を書いている。

しかしどうやら、わたしのことばが誰かのなかで安らぎになっているようだ。安らぎに、していただけている。それを目に見えるカタチであらわしてくれるのが「スキ」だとおもう。「読んだよ」「いいね」「今日もお疲れさま」「好きです」。「スキ」というひとことでも、込めるきもちはさまざまで、そしてそれらは必ず好意的な感情である、と、信じたい。信じている。

「スキ」の通知を見るたびに、わたしはそこでやっと、いま1:1でつながれたんだなと勝手に感じてしまう。だだっ広いSNSの雑踏に投じた紙切れを、見つけて、拾って、だいじに読んでくれて、想いをカタチにしてくれて、ああもうほんとうに、ありがとう。
わたしは、あなたの、救いや安らぎになっていますか?

「なってるよ」

って、言ってくれた。会ったことも、ことばを交わしたことも、無い。毎日読んでくれていたわけでは無いのかもしれない。それは唐突に、初めて、わたしの文章へ価値を与えてくれた。

昨夜、「サポート」という通知。

こんな日々のなかでも文章を書いててよかったなとおもって泣いた。わずかでも(いや、わたしのような限界フリーターにとっては大きいのだが)、わずかでもこの世の価値の単位を、わたしが生みだした文章へ与えてくれたことが、底なしにうれしい。改めて、文章をやめたくないとおもったのだ。明日も、いきいきいきれそう。

ふだんより多めなスキや、サポートいただけたことを想い。今日は、わたしの乱暴な文章が走りだしてから、いまの文章にいたるまでの遷移と、うれしかったことの報告、いつも読んでくださってるあなたへの感謝、すこし共有してみたかった。だいぶ、長くなってしまいました、すいません。

明日の夜は、のんびり会いましょう。
ありがとうございました。おやすみなさい。

aoiasa


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最後までありがとうございました。 〈ねむれない夜を越え、何度もむかえた青い朝〉 そんな忘れぬ朝のため、文章を書き続けています。わたしのために並べたことばが、誰かの、ちょっとした救いや、安らぎになればうれしい。 なんでもない日々の生活を、どうか愛せますように。 aoiasa