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【住人紹介】あいのり出演が人生を変えた。みゃんまーが挑戦する理由。(前編)

アオイエは「みんな表現者」をコンセプトに東京、京都、大阪で計15軒を運営しています。アオイエ住人紹介ではアオイエに住む人たちの「好き」や「夢中」を取り上げていきます。

今回は、あいのり出演を経て、「みゃんまー」として活躍する小野 隼輝さんです。同志社大学を休学し上京。経堂で経営していたバーを2019年9月で閉店。そんなみゃんまーさんにこれまでの生い立ちからあいのり出演、バー経営から閉店まで、今後の夢をお聞きしました。

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小野 隼輝(instagram:@myanmar_2019)
96年生まれ。同志社大学を休学し、上京。2018年10月にアオバーを経堂にオープンし、019年9月に閉店。モデルとしても活躍中。

みゃんまーの過去

ー今日はお忙しい中、お時間をありがとうございます。僕自身、あいのりを見ていたので、お話をお聞き出来ること非常に楽しみにしていました。まず、最初にこれまでの生い立ちをお聞きしたいのですが、教えていただけますか?

今でこそ、人と話せるようになりましたが、決して目立つタイプではなく、むしろ引っ込み思案で消極的でした。小学校の後輩曰く、僕は地蔵と言われていたそうです。(笑)全く喋らない奴だったからですね。(笑)
女性は自分と違う生き物だと思っていて、全く喋れなかったんです。
変化のきっかけは、高校1年生の6月です。人生で初めて告白をされました。それが結果的に強制リハビリになりましたね。まともに女の子とは話したことがない僕が、お祭りに誘われたんです。ただ、まともに話せるわけがないので、友達を誘って男の子2人、女の子2人でお祭りに行ったのですが、挙げ句の果てにはそのお祭りを男2人で回りました。今思うと最悪ですね。でも、それくらい女の子に慣れてなかったんです。(笑)

ー引っ込み思案な性格はどう変化していったんですか?

大きく2つの出来事が要因になっていると思います。
1つ目は大学受験の成功です。大学受験まで努力したことがなかったので、大学受験を通じてやればできる、という成功体験を積むことが出来たからだと思っています。高校まで剣道をやっていましたが、本気で努力をしていたか?と聞かれたら、自信を持ってしていたとは言えません。学力については自分はずっと頭がいいと思っていました。ただ、偏差値が50ほどの学校に通ってい他ので周りは信じてくれなかったんです。自分の頭が良いことを証明するために、意地で勉強しました。
2つ目は好きだった女性に告白して振られたことです。振られたのは自分に魅力が足りないからだと思って、魅力的な男性になろうと決意しました。その方にとっての魅力は分かりませんが、強い男こそが僕の中での魅力的な男性像でした。もっと経験を積んで、挑戦をしていこうと思うわけです。

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あいのり出演を経て

ーみゃんまーとしてあいのりに出演されていました。あいのりにはどうして出演することにしたんですか?

サークルの友達に「出たら?」と軽く誘われたことがきっかけです。その時、僕はちょうど就活中でしたし、自己紹介も何を書いたか思い出せないくらい軽い気持ちで応募したんです。そしたら、書類審査を通過していたんです。(笑)その後、オーディションも受けたのですが、まさか自分が受かるとは思っていなかったのでめちゃくちゃ嬉しかったですね。
ただ、就活中でしたし、正直出演するかどうか迷ったんです。あいのりは今しか出演することが出来ない。就活はこれからもできる。それなら、今しか選択できない道を選ぼうとあいのりの出演を決めました。

ーあいのりに参加してみて変化したことはありますか?

人が自信をつけるには、やはり成功体験しかないと確信を持てました。僕にとっての成功体験は、それまで大学受験しかありませんでしたが、あいのりに受かったことが2つ目の成功体験になりました。それで僕ってもうちょっと頑張れるんじゃないか?という気持ちになったんです。バーを始めたのは、その影響が大きいですね。

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バー経営から閉店まで

ー僕の友人達もよくアオバーに行っていました。バーを始めたきっかけはなんだったんですか?

バーをやっていたのは手段であって、目的ではないです。僕は、バーを通じてこれまで出会わなかった人たちのリアルな繋がりを作れたら、自分の世界が広がると思っていますし、人生を通じて人々のモチベーションを上げ続けられる人になりたいので、その手段としてバーは最適でした。バーに来て僕に会うために仕事を頑張るとか、誰かにとっての明日を生きる活力になったらなと。
また、自分の強みを活かせる場所であるとも思いました。就活をする中でやったことがある人も多いと思いますが、自分の強みを分析するストレングスファインダーで、僕はコミュニケーションの項目が多かったんです。ただ、これまでレールの上を歩いていたので、休学して東京に来て、バーを開くにはかなり慎重に考えました。
ただ、今しかできないことに挑戦しようと思って、とりあえずやってみたんです。

ー初めてみてどうでしたか?うまくいかなかった時期もあったと思います。

最初は本当にきつかったですね。お客さんが全く来ませんでしたから・・・
たまにお客さんが来てくれても、お客さんの対応も慣れていなかったですし、うまくいかないことばかりでした。
その中で、65歳位のおじさんがお店に来てくれました。僕が想定していたお客さんではなかったのですが、想いを話し続けた結果、そのお客さんは常連さんとして、お店によく来てくれました。
お客さんである前に、人として向き合うことの大切さを実感しました。

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ー2019年9月でバーを閉店されました。
今どんな気持ちですか?また閉店を決断した理由はなんだったんですか?

まず、バーを閉店して、僕はとても清々しい気持ちです。バーに熱中する毎日はとても充実していましたが、良くも悪くも「安定」している自分がいました。なので思い切ってバーをやめて環境を変えようと決断しました。
最後は閉店を惜しんでくださったお客さんがいっぱいきてくれて、こんなにも愛されてほんっとうに僕は幸せものだと改めて感じたし、胸が熱くなりました。「こんなに楽しいしやっぱりもっと続けようかな?」と、閉店を撤回しようと思ったこともあります。そんなとき、僕の尊敬するジョーブログというYouTuberにもらった言葉があります。

「バーを辞めるのはもったいないことかもしれんけど、それに固執して成長の機会失ってる方がさらにもったいなくない?」

その言葉をいただいて、せっかく頑張ってバーをここまでやってきたのだから、という頭をまとわりついていた考えが消えました。
この言葉は僕に心に大きく響き、短期的な利益ではなく、長期的な利益を常に考えるように投資家的な目線を持つという心がけを思い出し、バーを辞めるに至りました。
と言っても、次になにをするかは決まってないんですけどね。(笑)
今は東京で多くの人に出会って多くの生き方や人生を見て、自分という存在を鑑みる日々を送っています。と、偉そうなことをのたまいましたが、要は僕はニートでいることを楽しんでいるんです。(笑)

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後半に続く。
後編では、今後の人生で実現したい夢、アオイエに入居した理由や入居して変化したことをお聞きします。



アオイエとは?

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コミュニティハウス アオイエは、年齢やバックグラウンド、
職種の違う人たちが、共に生活を送り、学び合う新しい形のシェアハウスです。
第二の家族のように同じ屋根の下で語り、悩み、成長し、夢を形にする場所を目指しています。
第一線で活躍する方々を講師に招いたアオイエゼミや、
独自の特典など、他のシェアハウスにはない体験を提供しています。
2019年10月現在、東京・京都に16拠点を構え、今後は全国へと拡大していく予定です。
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