ライス×ブルボンが尊い。

ヲタクがなんらかのコンテンツを享受する際の習性のひとつに、作品に登場する任意の2人をカップルにしてイチャコラさせる「カップリング」という行為がある。
今年、爆発的な人気を博した「ウマ娘プリティーダービー」においても、ご多分に漏れずさまざまなカップリングが行われている。モデルとなった馬が孫と祖父の関係にあるゴールドシップとメジロマックイーンの組み合わせ、異母兄弟の関係にあるサイレンススズカとスペシャルウィークの組み合わせ、同期のライバルとして何度も名勝負を繰り広げたウオッカとダイワスカーレットの組み合わせなど、この作品においては史実に即したカップリングが行われることが多い。
史実に即している分、いずれのカップリングも説得力があり魅力的なのだけれども、そのなかでも私がいちばん推しているのがライスシャワーとミホノブルボンの組み合わせである。
この2人は、モデルとなった馬がともに1992年のクラシック戦線を戦った同期であり、作品中でも「ライバル」として描かれるのであるが、その描かれ方がスポ根ものの王道ど真ん中でとてもグッと来るのだ。
ウマ娘のライスシャワーは自己肯定感が低く引っ込み思案で、あまり目立たない存在である。かたやミホノブルボンは並のウマ娘ではついていけないような過酷なトレーニングを淡々とこなし、「勝つのは当然」と言い切り、実際にレースで全勝を続け注目を集めるスターである。ライスはブルボンの放つ輝きに魅せられ、その背中に追いつきたいと奮起するが、その気持ちは片思いであり、はじめのうち、ブルボンはライスのことを気にもかけていない(というか、ほとんどのウマ娘はブルボンの眼中には入っていない)。
実際、ライスは、はじめのうちブルボンにはぜんぜん勝てない。スプリングステークスでは1.6バ身差(ウマ娘の世界には我々の世界にいる馬という動物は存在しないので、「馬」という漢字の当てられる言葉のほとんどがカタカナにひらかれている)の4着、クラシック三冠のひとつめである皐月賞でも1.4バ身差の8着。それでも、着実に着差を縮めていき、クラシック三冠のふたつめ、日本ダービーでは0.7バ身差の2着にまで迫っていく。そのなかで、ブルボンのほうも、次第に近づいてくるライスの影を無視できないようになっていく。そして、クラシック三冠の最後のレースである菊花賞の前には、ブルボンのほうからライスに向けて、「私は勝ちますよ」と宣言をするのだ。わざわざそんな宣言をするということは、ライスのことを「自分に勝つかもしれない相手」と認識したということにほかならない。迎えた菊花賞では、ついにライスがブルボンを捉え、最終直線でかわして1着でゴールする。ここに至ってブルボンは、唯一自分に勝った相手であるライスを完全にライバルとして認めるようになる。こんなふうに、非対称な関係からはじまって、一方が努力でもう一方にその力を認めさせていく、という展開がお約束を押さえていてとても心にしみるのである。
もちろん、これだけでは終わらない。史実では、ここでライスとブルボンの関係性は途絶えてしまうのであるが、ウマ娘の作品のなかでは、むしろここから、胸の熱くなる展開が続く。
菊花賞でのライスの勝利は、実は、ブルボンが達成するのではないかと期待されていたある記録を阻止する結果となっていた。それは、「デビューから無敗でクラシック三冠を制覇する」という記録である。ブルボン以前には圧倒的な強さから「皇帝」と称されたシンボリルドルフただ1人しか成し遂げていない偉業であり、ついに2人目が現れるかと、ブルボンには多くの期待が寄せられていた。そのため、菊花賞のレース終了後の観客席では、ライスの勝利を祝福する声よりもずっと多くの「ブルボンの敗北を残念がる声」が上がっていた。「なんで邪魔をするんだ」と、勝ったライスを罵倒する声さえあった。メディアなどでも、ブルボンというヒーローの誕生を邪魔するヒールとしてライスが取り上げられることが多くなった。人に迷惑をかけることを極度に恐れる性格であり、大きなレースに勝つことで認められたい、と願っていたライスはその結果に大きなショックを受け、レースを続けるモチベーションを喪失してしまう。ほかのウマ娘たちが説得を試みるも、ライスの絶望は深く、言葉は届かない。そんなライスの前に現れたのが、ほかならぬブルボンだった。
「四の五の言わずに走りなさい」とブルボンはライスを叱咤する。高圧的な口調に反発し、「どうしてそんなことを言うのか」と問いかけるライスに、ブルボンは「あなたは私のヒーローだからです」と答える。
菊花賞のあとブルボンはブルボンで、大きな怪我を負い、レースから離れ、療養に専念する日々を送っていた。いつ走れるようになるのか、もとのように走れるようになるのかわからない、そんな状況のなかで、ブルボンの心も折れかけていた。それでも折れずにいられたのはあなたがいたからだと、ブルボンはライスに語りかける。もう一度、強いあなたと走りたい。だから、自分は頑張っていられるのだと。
「あなたは確かに、私から夢を奪いました。しかし、それ以上の夢と希望を与えたのです」
自分が不幸にしたと思いこんでいた当の本人から語られた言葉に、頑なだったライスの心はついに動かされる。逃げ出すはずだったレースに、挑戦する決意を固めるのだ。
そのレースは、春の天皇賞。最長のGⅠレースであり、ステイヤーにとってもっとも誉れ高いタイトルといってよい舞台である。そしてそこには、ブルボンを上回る強敵が出走を予定していた。2年連続でそのタイトルを制覇し、前人未到の3連覇を目指す現役最強ウマ娘、史上最強のステイヤーと称されたメジロマックイーンである。
実力の差は明らか。今のままでは到底敵うはずがないと、ライスは過酷なトレーニングを開始する。そしてそのトレーニングには、ブルボンも協力する。
逆境にあえぐ主人公の前にライバルが現れてその手をとり、さらなる強敵に立ち向かうため力を貸す。黒子のシュートを教え、火神にゾーンについてレクチャーする青峰みたい。物語のなかでなんども見てきた胸アツな展開が、ここで繰り広げられるのである。
天皇賞本番では、ライスがみごと勝利し、マックイーンの3連覇を阻む。記録達成をふたたび阻んだとしてまたしてもブーイングの嵐を浴びるライスに、ブルボンは語りかける。
「これが、換気と祝福の声に変わる日がきっときます。だってあなたの名前はライスシャワーなんですから」
と。
ここまでてんこ盛りで突きつけられて、好きにならないわけがない。ライバルどころか、唯一無二の親友(を超えている?)のようになった2人を見ていると、胸の高鳴りが治まらなくなるのである。
付け加えるなら、この2人が両方とも、自分から積極的に人と関わろうとしないタイプであることが、関係が深まっていくことの尊さに拍車をかけている。ライスは前述のように自己肯定感が低く、自分がいると周りを不幸にしてしまう(遠足で雨が降るとか、信号が全部赤になるとか)と思い込んでいるために、小さな頃から家に引きこもって一人遊びをするようなタイプだった。ブルボンのほうも周囲に対する関心が薄く、あまり友達も作らずに育ってきた。築いてきた人間関係はいずれも、相手のほうから踏み込んできたパターンばかり。端的にいってどちらもコミュ障である。そんな2人が、お互いに対してだけは、自分から積極的に、関わろう、はたらきかけようと動くのである。ゲーム版などでは、レースを離れた日常生活の場面も描写されるのであるが、そこでは手探りしながら遠回りしながらたくさんの突っ込みどころとともに仲を深めようとする2人の姿が描かれる。それを見ていると、今度はほっこりあたたかな気分で満たされるのだ。
少年ジャンプ的なスポ根王道の熱い物語も、漫画きらら的なゆるいほっこりエピソードも、どちらも供給してくれるライスシャワーとミホノブルボンのカップリング。数多あるカップリングのなかでも完成度が高い、と私は思っている。
そんなわけで、隙きあらば私は、ライスとブルボンの妄想に勤しんでいる。とても幸せな気分になれるので、ぜひみなさまも、騙されたと思って沼に足を踏み入れてみてほしい。

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