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No.518 坊主は憎いけど、良い袈裟だね

外に出るとき、宅配や郵便が来るとき、必ずマスクをしている、フリーライターのaoikaraです。

私はそこを尺度にしちゃうかもしれない。マスクしている、をマナーのように考えているかな。もちろんマスクが手に入らない人もいる、と理解した上でだから、マスクをしてないからといって責めようとは思わないけれど。


今はマスクをしている人が多い、のかな。しばらく外に出てないからわからないけど、テレビで映し出される街を見ると、だいたいがマスクをしているよね。まだまだ予防の意味でも心理的な安心という意味でも、マスクは手放せなさそう。

そして、最初はみんな使い捨てのマスクをしていたけれど、ずいぶん早くから売っていなくて、布マスクをするようになった人も多い。

これもまた外に出ないからわからないけど、たとえば国会中継とか見ると、政治家さんたちもいろんな柄や形のマスクをしているなぁ、と思う。それぞれ違うから面白い。

特にマスクを手作りしている母は、「あの人のマスクの柄が良い」とか「あの形は良さそう」と教えてくれる。マスク研究家になりそうな勢いでマスク作りを楽しんでいて、生地選びからウキウキして、試作品を作っては「いい!」「イマイチ…」と感想を伝えてくる。

この間も、新作ができたと教えてくれた。なかなか良いという評価のよう。「〇〇っていう人のを参考にしたんだ」と教えてくれて、私はその人の過去のとある行動であんまり良く思っていなかったのが顔に出たらしく、「どうしたの?」と聞かれたから、「あんまり良く思ってない人だ」ということを理由と共にふんわりと話した。

母は「ふーん」と言うだけで、まったく気にしない。その人が好きであれ嫌いであれ、母にとって良いものは良いし、悪いものは悪い。好きな人だから「その通りだな」とすぐに信じたり、嫌いな人だから「そんなわけない」とすぐに疑ったりしない。

母はちゃんと本質を見てるんだなと思って、むしろ私が偏見があったな、反省した。本質を見るのが大事。本質を見た上で、自分と他人の意見が違ったら、それはそれって話。

母が万人を愛する人ってわけでなくて、ちゃんと他の人と同じように好きな人もいれば嫌いな人もいる。ただ嫌いな人でも、ちゃんと価値は認めようとする。

「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」っていうのは本当によくわかるし、好きじゃなくなった人は顔を見たくなけりゃ、好きだった思いまで捨て去りたいとおもうこともあるけど、「坊主は憎いけど、良い袈裟だね」ってことはたぶんある。大いにある。って視点を忘れないようにしたい。


2020年5月20日(水)

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