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生活の重力

**「働く女」についてのブックレビュー④

永瀬清子『だましてください言葉やさしく』**


「働く女」をテーマにしたブックレビューです。2019年の暮れも押し詰まって突然アップし出した顛末についてはこちら

台所つながりでもう一冊。永瀬清子『だましてください言葉やさしく』(童話屋、2008)に収められた一篇の詩「私が豆の煮方を」は、リアルな生活の重力を一人孤独に背負う妻の詩だ。生活の具体的なディテールを飾り気なく綴った言葉には、ひらひらと着飾ったり、抽象的に気取った言葉には出せないパンチがある。

私が豆の煮方を工夫しこげつきにあわてているひまに
あなたは人間の不条理についてお考えです
私が小さい者たちのあすの運動着のことや
あかいピン止めも買ってやろうかと財布をのぞいて迷っている時
あなたは我々の共通の運命についてお思いなさり
あなたは磁石の接近で一時に整頓する鉄砂のように
すべての事が解決できるとお思いです
〈「私が豆の煮方を」永瀬清子『だましてください言葉やさしく』p42-43〉

これを読みながら、そうだそうだと憤慨し、胸が締め付けられる結婚経験者は少なくないのではないか。書き手が明治生まれの人だと聞いて、脱力する。結婚というものが妻にもたらす状況がこんなにもかわっていないとは!

同じ詩集の中に、次のようなものもあって、さっきまで怒り、悲しんでいた自分がもう涙を浮かべているのだから、結婚生活なんてものはもはや意味不明だ、と泣きながら自分でも笑ってしまう。

私は今はもう本当のひとりになったのだから
私はいつでも自由にはばたけるのに
なぜかふしぎにあなたがすぐそばにいるみたい
あなたここにほんとにいて下さいと
云えばひとりでに涙が流れるわ
生きている時 云えもしなかったその言葉
〈「黙っている人よ藍色の靄よ」永瀬清子『だましてください言葉やさしく』p87〉


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