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小説・傷心旅行

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彼との楽しい旅行のはずが、いきなり失恋!?隣に乗り込んだ相手は、大っ嫌いな人物!?「私」と「わたし」のココロ模様、行き先はどこへ?
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記事一覧

傷心旅行・1・可愛いわたし

傷心旅行・1・可愛いわたし

「ごめん、結婚することになった。
今までありがとう。」

そのメールが届いたのは、新幹線の発車1分前のこと。

「旅行したい」といったら、数日後に彼にチケットを渡されたときには、舞い上がるほどにうれしかった。

昨日はわくわくして、眠れなかった。
どの服を着ようか悩んで、悩んで、荷物のチェックも何度もした。
可愛い旅行バッグも買った。

すっぴん風に見えるメイクも練習したし、可愛く見えるまとめ髪の

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傷心旅行・2・真面目なわたし

傷心旅行・2・真面目なわたし

無理矢理仕事を終わらせて、新幹線に飛び乗った。
彼との初めての旅行だから、必死で仕事を片付けた。

旅行のための時間を作るために、今週は寝ないで仕事をしていた。
会社に泊まるまではできないけれど、着替えを持ち込んで、近くのネカフェでシャワーを浴びて仮眠をとっていた。

やっと休み、楽しみにしていた旅行、のはず、だったのに。

ギリギリで乗り込んだ新幹線で、彼を驚かそうと思ったのに。
座っていたのは

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傷心旅行・3・フルーツサンド

傷心旅行・3・フルーツサンド

「なんで、降りないの?」

いくつ、駅を過ぎただろう。
隣に座ったまま、動かないし、降りる気配もない。

この鉄の女は、このままひとりで旅行ができるのだろうか。
涙も流さないなんて、悲しくないのだろうか。
それでも、彼のことを好きだったのだろうか。

私にはわからない。

悲しいときには、涙は勝手にあふれてしまう。

「あんたこそ、早く降りなさいよ。」

足も腕も組んだまま、向こうをにらみつけてい

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傷心旅行・4・ブラックコーヒー

傷心旅行・4・ブラックコーヒー

新幹線は順調に駅に到着しているけれど、この女は動かない。
降りる気がないのだろうか。
それとも、帰ることすら自分では決められないのだろうか。

だいたい、いつも誰かとべたべたしている。
仕事中も、お昼も、帰りだって必ず連れ立って会社を出ていく。

ひとりで過ごせないのだろうか?

…彼は一体、この女のどこが好きだったのだろうか。

車内販売が通りかかった時に、フルーツサンドが見えた。
生クリームが

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傷心旅行・5・焼肉

傷心旅行・5・焼肉

フルーツサンドの生クリームの甘さが、心を優しく包み込むような気持になった。

「おいしい」

そう、思わずこぼれたひとことは、嘘じゃない。
でもこの女に、お礼なんて言わないけど。

だいたい、私は営業部に配属を希望していたんだ。

入社の時の希望なんて、とりあえず聞いているだけで、特別考慮されることはないと知った時には、軽くめまいがした。

私は、スーツを着て、あちらこちらの会社をまわって契約をと

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傷心旅行・6・梅酒

傷心旅行・6・梅酒

新幹線を降りて駅を出たけれど、思ったよりもなにもない街に驚いた。
彼はこの街でなにをするつもりだったのだろう。

泊まるところは彼が手配するといっていたけれど、きっとキャンセルしているだろうし、ひとりで泊まるつもりもない。

帰りの新幹線のチケットを取らなきゃいけないと思いつつ、でもそんな気分にはなれなくて、ぼんやりと街を眺める。

さっき散々食べたから、お腹は減っていないけれど、きっとこんな時に

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傷心旅行・7・可愛いがすき

傷心旅行・7・可愛いがすき

私は今、新幹線に乗っている。
さっきとは反対側に流れていく景色をぼんやり眺めている。
そういえば、さっきは景色なんて見てないし覚えてないけど。

なんでこんな思いしなきゃならないわけ?
って、さっきは悲しみばかりだったのに、今はふつふつと怒りがこみあげてくる。

可愛いと思われたかった。
可愛いと言われてうれしかった。

だけど、可愛いっていってくれたから、好きだと勘違いしたのかもしれない。
うん

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傷心旅行・8・甘く可愛く(最終話)

傷心旅行・8・甘く可愛く(最終話)

帰りの新幹線を待つホームで、あの女の姿が見えた。
さすがに帰りは違う車両だ。

あんな人だとは思わなかった。
…違う。

決めつけていたんだ。
知ろうともしていなかったんだ。
勝手に嫌な人だと決めつけて、勝手に敬遠していただけ。

だけど、わたしは一体どれほどの人のことを、本当にわかっているのだろう。

新幹線の中から、流れる景色を眺める。
たくさんの人が生きているけれど、こんなスピードですれ違う

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