バニラアイス・1・甘いものがすきな彼

「すみません、バニラアイスください」

「ありがとうございます」

わたしはカートを止めて、アイスが入ったケースに手を伸ばす。通路は狭いから、一つ一つの作業に慎重になる。
ケースの中から、バニラアイスのカップを取り出した。
カートの横からスプーンを取り出して、両手で持ってバニラアイスと共に差し出した。

「200円です」

「はい」

硬貨を2枚渡されて、しっかりと受け取った。

「いつもご利用ありがとうございます」

笑みを向けると、スーツ姿のその人は少しはにかんだ。

わたしの仕事は、販売員。
新幹線の中で、飲み物やお弁当なんかを売る仕事をしている。

毎日多くのお客さんと触れあう中で、いつからだろう。
この人の存在に気づいたのは。

同じ曜日の同じ車両。
多少前後することはあっても、ほとんど同じ席に乗っている。

スーツ姿のお客さんはとても多くて、ひとりひとりを覚えることは不可能に近い。
仕事帰りと予想される時刻の新幹線では、ビールや酎ハイを買うお客様が多い。

そんな中で、彼の存在に気づいたのは「バニラアイス」がきっかけだった。

車内販売では、お客様の年齢や容姿、様子を見て声をかける内容を判断する。

観光や旅行かと判断されるお客様には、駅弁やおみやげを。
お仕事で利用されているお客様や、お子様、女性、どんなキーワードに反応するか予測しながら声をかける。

何度も往復しながら、呼びかける内容を変えるだけで、反応が変わることもある。

女性のお客様には、基本的に飲み物や甘い物を呼びかけるけれど、意外にがっつり系のお弁当やビールを買われる場合も多い。

みんな「イメージ」に振り回されているのかもしれない。

バニラアイスの彼は、バニラアイスをおいしそうにゆっくり食べる。
まるで、疲れとストレスを癒してるみたい。

どんな仕事をしていて、どこへ帰るのかはわからないけれど、年齢は近いと思う。
指輪はつけていないけれど、もしかしたら遠距離恋愛や単身赴任中で、恋人や家族に会いに帰っているのかもしれない。

それに、どうしてだろう。
同じ駅から乗り込んできて、いつも同じ駅で降りるけれど、降りる駅から乗り込むところは出会ったことがない。

もちろん、わたしもいつも同じ時間や同じ車両に乗り込むわけじゃないから、こんなにいつも会うことの方が不思議なことなのだけど。

バニラアイスの彼が、いつもの駅で新幹線を降りていく。

終着駅に到着して、後始末を済ませて仕事を終えた。

できるだけ、家に帰れるような路線や時間で仕事を組んでもらうことにしている。
急に勤務予定が変わって、帰れなくなることもあるけれど、基本的にはそうならないようにしてもらっている。

ほんとは、飛行機の客室乗務員になりたかった。
キレイにお化粧をして、キャリーカートを颯爽と引きながら歩く姿に憧れた。
国内はもちろん、海外へも渡って、優雅な生活をしたかった。

…それもまた、イメージか。

苦笑いをしながら、家路を急ぐ。

客室乗務員の夢をあきらめたのは、英語が全然できなかったから。
どうしてもなりたいなら、努力できるはずなんて、そんなの幻想だ。

できないものはできないし、努力してもどうにもならないことだってある。
ううん、世の中の大半は努力したってどうにもならないことばかり。

毎日与えられた仕事をするだけで精いっぱいで、夢なんてみてるヒマなんてなくなる。

現実は一生かけても攻略なんてできないくらいの、めちゃくちゃ難しいゲームなんだと思う。
誰もコンプリートできないし、クリアだってできないんだ。

ただ、わたしの家は、わたしのお城。
わたしは、お城を守るために働いている。

家の鍵を開ける。
ワンルームで全てがコンパクトな作りの部屋は、コンパクトなわたしにはちょうどいいと思っている。

照明をつけるより早く、パソコンの電源をONにする。
それから、部屋の明かりをつけて、パソコンの前に座った。

わたしの本当の姿は、ゲームの中のこの子。

生きるために人間の姿に変身して、新幹線で販売の仕事をするっていうミッションを行ってるの。

…なんて、本気で思いこもうとしていたのは、中2と呼ばれる時期までだっただろうか。

現実の世界は厳しくてツラいことばかりだ。
ほんと、ミッションだと思ってやり過ごさないと、ツラいことだらけ。

学生時代は、制服というコスプレで友達を作るというミッションをクリアするために、会話の選択肢は間違っちゃいけないゲームだと思っていた。
ルートをクリアすれば、安全に過ごすことができた。

恋愛シミュレーションは、一度も攻略できたことがない。

ルートは間違えていないはずなのに、一度もクリアできないから、チャレンジするのもやめてしまった。

だいたい、恋愛なんてシミュレーション以外にする必要がない。
クリアしたことがなかったから、チャレンジしてただけ。

でも、チャレンジしたことのないゲームなんて、世の中にはたくさんあるんだから、スルーしたっておかしいことじゃない。

なんて。

こんなことを考えて生活をしていることを知られたくなくて、一人暮らしを始めた。

友達なんていないから、思う存分ゲームを楽しめる。
これ以上の生活なんてないと思うし、これ以上の幸せもない。

わたしには、この生活がずっと続くことが一番望んでいること。

この生活を続けるために働いているんだから、多少の理不尽や八つ当たりは受け流せばいい。

人はどうして、勝手に優劣をつけて人のことを判断するのだろう。
勝手に劣っていると決めつけて、横暴なことをするのは、許されることなのかな…。

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あおいゆの

小説・バニラアイス

新幹線の販売員をしているわたし。 いつも同じ時間の同じ車両に乗る、スーツの彼は、バニラアイスがお気に入り。でも彼が、どこの誰かもわからない。 どこの誰かもわからないネットの世界は、わたしにとっては現実だから、彼が誰でも構わない。 わたしの幸せルートは、一体どこにあるの?
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