傷心旅行・3・フルーツサンド
「なんで、降りないの?」
いくつ、駅を過ぎただろう。
隣に座ったまま、動かないし、降りる気配もない。
この鉄の女は、このままひとりで旅行ができるのだろうか。
涙も流さないなんて、悲しくないのだろうか。
それでも、彼のことを好きだったのだろうか。
私にはわからない。
悲しいときには、涙は勝手にあふれてしまう。
「あんたこそ、早く降りなさいよ。」
足も腕も組んだまま、向こうをにらみつけている。
そっち側に座っている人が可哀想。
「なんで指図されなきゃいけないわけ?」
「指図なんてしてないわ。
でも、ひとりじゃ決められなそうだから。」
「はぁ!?」
「みんなと同じが好きそうで、自分のことも自分で決められなさそうじゃない。」
「なっ!」
なんてことを言うんだろう!
って、言い返そうと思ったのに、躊躇した。
…くやしい。
人に相談したっていいじゃない。
自分のことをなんでも自分で決められることが、そんなに偉いの?
だいたい、なんでも自分で決めるって人には、協調性が足りないと思う。
合わせる人がいるからこそ、自由にできてるくせに、偉そうにしないで欲しい。
「自分の意見を相手に押しつけるのが、いいとは思えない。」
「押しつけられてると思うのも、あなたの勝手でしょ?
勝手を押しつけてるのは、あなたじゃない。」
「はあ!?」
この女に足りないものはたくさんあるけれど、なによりも一番足りないものは、人の話を聞くとか受け入れるとか、そう柔軟性が決定的に不足してると思う!
「あの、これとこれと、あとコーヒーください。
あ、お砂糖は三つお願いします。」
車内販売のカートが通りかかったときに、あの女はマフィンとチーズケーキと、生クリームたっぷりのサンドイッチに、コーヒーには三つもお砂糖を頼んでいた。
通路側だからって、ずるい。
私だって、なにか頼もうと思ったのに。
会計が済んだらしいタイミングで、こっちに視線を向けられた。
「あんたはいいの?」
そう言われたけれど、情けをかけられたみたいでイライラして、断った。
「いらない。」
「あ、そ。」
隣の女は、コーヒーにお砂糖を三つ入れて、一口飲むとふうっと息を吐きだした。
隣で呼吸されていることも、ムカつく。
そして、マフィンの袋を開けると、パクパクと口に運ぶ。
マフィンを食べ終わったら、すぐにチーズケーキの袋を開けて、チーズケーキもあっという間に平らげてしまった。
甘い物なんて嫌いっていいそうな見た目のクセに。
コーヒーはブラックで、甘い物は好きじゃないからみんなで分けてなんて、いつもカッコつけてたってこと?
それなのに、そんなに細いとか、ほんと嫌味の塊だと思う。
生クリームがたっぷりで、フルーツが挟まっているサンドイッチを、三口で平らげてしまうのを、横目で眺める。
そんなに食べても太らないとか言いたいわけ?
こっちが、毎日どれだけ苦労してるかなんて、考えたこともないんだろう。
そりゃ、甘い物は大好きだし、みんなと一緒にいたら食べないわけにいかないことが多い。
好きなものを好きなだけ食べられたら幸せだけど、そんなことをしていたら、すぐに太ってしまう。
お気に入りの服は入らなくなってしまうかもしれないし、なにより可愛くないって思われちゃうかもしれないじゃない。
努力もしないで、体型を維持できるなら、好きなものを好きなだけ食べてるよ!
くやしくて、唇をかみしめた。
ぐるるるる…
な!なんでこんな時に!?
盛大にお腹が鳴ってしまった!
恥ずかしいよりも、もっと恥ずかしいし、なによりも悔しくて仕方ない。
また、この女になにを言われるか…。
両腕でお腹をぎゅうっと抑えて、俯く。
恥ずかしいからじゃない!
そう思った時に、隣の女が口を開いた。
今度はどんな言葉で嫌がらせをするつもりなのかと、身構えた。
「はい。」
「…は?」
ひとつ残ったフルーツサンドが入った袋を、こっちに差し出している。
「あげる。」
「は?いらないし!」
「わたしもいらない。」
「なんで、いらないものもらわなきゃないのよ!」
そう言っているのに、勝手にひざの上に袋を置かれた。
「いらないなら、勝手に捨てて。」
そう答えているけれど、生クリームがおいしそうで、身体は素直にもう一度「ぐるるるる」と鳴った。
もう、どうにでもなれ!と、フルーツサンドにかぶりつく。
「…おいしい。」
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