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過去との遭遇・2・不機嫌な彼女

同窓会の案内が届いた時には、正直驚いた。
間違いかと思った。

中2の夏に、父と母が離婚した。
ぼくは、母と一緒に母の実家に住むことになった。

そこは、おそろしく閉鎖された世界だった。

母は、「ここから逃げ出したかったのに、また戻ってくるなんて」そう呟いたのは、忘れられない。

街からそれほど離れているわけではない。
街まで通勤している人がほとんどだ。

通えない距離ではないことで、ずっとここに住み続けているし、そこに疑いもなにもないのだろう。

きっとここは、馴染んでしまえばどこよりも居心地のいい世界であるともいえる。

慣れ親しんだ間柄で、すべてを語らずともわかりあったようになれる。
それは、平穏な時にはとても楽だろう。

だけど。
母のように、離婚して戻ってきたなんてなると、遠慮なく好奇の目にさらされて、あることないこと…いや、ないことばかりが吹聴される。
訂正なんてしようものなら、その権利すらはく奪される。

「出戻りのくせに」

悪いことなんてなにもしていなくても、ここの「決まり」を守って生きていかなければならないのだろう。

だれが決めたのかわからない価値観に合わせなければ、ここで暮らすことは許されない。

ただそれは、珍しいことでもなんでもないと思うんだ。
今だから、そういえるのかもしれないけれど。

受け入れられさえすれば、居心地は悪くはないんだ。
右にならっていれば、親切にだってしてもらえる。

だって、そうしなきゃ、みんな生活できなかったってことだろう。

積極的に同窓会に参加したいとは思わなかった。
だけど、案内が実家に届いてしまったから、母も祖母も同窓会があることを知ってしまった。

きっと、ぼくが帰ることを待っているだろう。
それに、同窓会に出なかったら、母や祖母がなにかいわれてしまうかもしれない。

ため息と一緒に、新幹線に乗り込んだ。

「隣、いいですか」

細くて長い脚が窮屈そうに、こちらの座席まで投げ出されている。
キレイな横顔には似つかわしくない、不機嫌な表情。

「あ、はい。」

我に返ったように、こっちをチラリとみて、脚を整えたその子をぼくは知っている。

心臓がドキリとした。
それは、甘酸っぱいものではなくて、キリキリと痛むような感覚だ。

その子は、細くて長い脚を組みなおして、ひじ掛けにひじを乗せて、窓の外を眺めている。
全身から、不機嫌をかもし出しているのは、昔と同じだ。

…だけど、今はそれは恐怖ではなくて、微笑ましいと思えた。

微笑ましい?
自分で思っておいて疑問に思うなんて、ちょっと疲れているのかもしれない。

ゆっくり息を吐きだしながら、過去に意識が戻る。

緊張しながら、教室に入った転校初日。
田舎は情報が早い。
ぼくが自己紹介するよりも先に、みんなはぼくのことを知っていた。

インターネットよりも早く情報が回る仕組みは、今後調査をしたほうがいいのかもしれないな。

教室にいる全員に、好奇の視線を向けられている。
その居心地の悪さに、クラクラしそうになった時。

窓側の席に座る、その子だけは不機嫌な表情で窓の外を眺めていた。
いや、窓の外をにらみつけていた。

とてもキレイだと思った。

その子がみんなと「違う」ことは、すぐにわかった。
その子も「違う」ことは自覚していただろうけど、周りも気づいていたのだろう。

ただ、その子は勉強がよくできた。
走れば一番だったし、球技も、歌も誰よりもうまかった。

きっとその子もそれを自覚していただろうし、批判されていたことにもきっと気づいていただろう。

だから、その子と図書室で出くわした時には、手のひらに汗をかくほど緊張した。

ぼくは、その子を観察していただけだった。
でも、いつの間にか思っていたんだ。

「話をしてみたい」と。

思ってもいなかったタイミングで、そのチャンスが訪れたけれど、その子はいつもと同じように不機嫌な表情を浮かべていて、ぼくが思うようなチャンスではないのだと悟った。

急に、ぼくの視界に細くて長い腕が割り込んできた。
それは、もちろんその子のもので、細い指に見とれていると、その細い指が一冊の本に触れた。

「…それ。」

思わず声が出た。

大きな瞳が、こっちに向いた。
初めて、彼女の視界に入れた気がした。

「なあに?」

いつも不機嫌な彼女が、不機嫌ではない声を出すなんて思ってもいなかった。

「ぼくが今読んでいる本の続編なんだ。」

「これ、続編なの?」

「うん。」

「じゃあ、先にどれを読めばいいの?」

「…もう読み終わるところだから、貸そうか?」

自分でもそんなセリフが自分の口から出ていることに驚く。

「…いいの?」

はにかんだように笑った彼女は、やっぱりとてもキレイだと思った。
そして、もっと話をしてみたいと思ってしまった。

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