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傷心旅行・7・可愛いがすき

私は今、新幹線に乗っている。
さっきとは反対側に流れていく景色をぼんやり眺めている。
そういえば、さっきは景色なんて見てないし覚えてないけど。

なんでこんな思いしなきゃならないわけ?
って、さっきは悲しみばかりだったのに、今はふつふつと怒りがこみあげてくる。

可愛いと思われたかった。
可愛いと言われてうれしかった。

だけど、可愛いっていってくれたから、好きだと勘違いしたのかもしれない。
うん。そう。
きっとそう。

例えば、今隣に座っている見知らぬ人に「可愛い」っていわれたって、うれしいって思う。
部長にいわれたって、たぶんうれしいって思う気持ちはあると思う。
後輩の女の子たちにいわれたって、うれしくて舞い上がりたくなる。

そっか、私は「可愛い」っていわれたいんだ。
私だけじゃないよ。
女の子はいつだって「可愛い」っていわれたい。

大嫌いって思ってたあの女は、同じ新幹線に乗っているだろうけど、どの車両でどの席かなんて知らない。

さっきは偶然同じ店で隣に座っただけ。
だけど、そんな偶然もさすがにそれほど続かない。
そんな程度のこと。

きっと、明日会社で会ったって、いつもみたいにそっけなく挨拶をするくらい。
そんな程度のこと。

私は誰にでも「可愛い」っていう人じゃなくて、私だけを「可愛い」っていってくれる人がいい。

それに、幸せって与えられるものじゃないのかもしれないって思う。
だから、幸せも、やりたい仕事も、自分でつかみに行きたいって思う。

「今さら」でもなんでもいい。
ずっとずっと、胸に秘めていることを始めるチャンスがきっと来た。

「可愛い」ものは、私を幸せにしてくれる。
そして、強くしてくれる。
ツラい時には、やさしくなぐさめてくれる。

そんな「可愛いもの」を集めたお店を開きたいってずっと思ってた。

可愛いものを売るだけじゃなくて、可愛いものをどんな風に使ったり飾ったりするのかも教えてあげたいし、知りたい。
恋の話も聞いたりできるような、そんなお店が作りたい。

そうだな、可愛い食器を集めて、おいしいスイーツも食べられるスペースもあったらいいな。
もちろん、スイーツの中にはフルーツサンドも準備しなきゃ。

きっとそろそろ、運命の相手が現れて、恋愛して結婚して。
そしたら子供が生まれて、しばらくは子育てが忙しくて。
落ち着いたら、自宅でスイーツの教室とかサロンを開いて。

そんな生活も思い描いていた。
でも。
そんな、与えられる生活じゃなくて、私は私の力で自分の夢を叶えたい。

そしていつか、一緒に並んで歩けるような、私の夢を応援してくれるような人に出会えたらいいなって思う。

だけどそれは、明日かもしれないし、3年後かもしれないし、もっともっと先のことかもしれない。

わからない先のことばかり考えていないで、今を生きよう。

会社はまだやめない。
勉強したいことや準備したいことはたくさんある。
それに、目標にしている資金がまだ貯まっていない。

胸がドキドキする。
恋する楽しさとは、違うドキドキ。
どっちも私には必要なドキドキなのかもしれない。

新幹線を降りてからも、あの女の姿を見かけることはなかった。
別に探したわけじゃない。
無事に着いたのか、少し気になっただけ。

ほら、勧めたお肉と梅酒のせいで、倒れたりしてたら気分が悪いじゃない。

駅からの帰り道、通りかかった美容室の前で、一瞬足が止まった。
髪を切りたくなるなんて、私もベタだなぁ。

だけど、そのまま通り過ぎる。

だって私、長い髪がすきだから。
すきで伸ばしているから、今の衝動だけで切ったらきっと後悔する。
可愛らしくしていたくたって、現実のことから目を背けているわけじゃない。

「たまにイタイ時あるよね」
「今回は先輩抜きで行こうよ」
そう話している後輩たちのことを、気づいていないわけじゃない。
私が後輩の立場だったら、きっと同じことを思うだろうし、もしかしたらもっとひどいことだっていうかもしれない。

悪いのは、勝手にランクをつけてしまう世の中で、それに疑問すら持たなくなってしまったことだ。

結婚するのがえらい。
子どもがいるのがえらい。
子どもはひとりより、ふたりがえらい。
子どもが多すぎるのもちょっと。
働いているのがえらい。
専業主婦がえらい。

そんなの、みんな、全部、えらいに決まってるのに!
みんな自分の人生を精一杯生きているだけで、誰が一番なんてない。

だから、自信を持って生きていきたい。

次の日、通路であの女とすれ違った。

「おはよ」
「おはよう」

こっちも見ないでそういうと、いつもみたいに髪をかき上げて、ヒールを鳴らして歩いていった。

「先輩、今日のランチはどこにするんですか?」

昼休みに後輩が声をかけてくれたけど、

「今日からお弁当にすることにしたんだ。」

後輩は少し驚いた顔をしたけれど、そうですかといって席を離れていった。
余り物を詰めたお弁当なんかじゃない。

私はお弁当も可愛いのがいいの!

「あれ?手作り?可愛いね。おいしそう。」

営業部の人が伝票を渡しながら、私のお弁当をのぞきこんだ。
彼の顔を見上げながら、胸がドキリと高鳴った。

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