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バニラアイス・4・ちいさな彼女

「お客様、お席の確認をお願いしたいのですが…。」

怯えるような声が耳に響く。
あの子の声だと反射的にわかった。

「疲れてんの。眠いの。わかる?」

威圧的な声が聞こえる。
さっきから、大いびきをかいて寝ていた乗客だろう。

仕事で疲れているのも、酒を飲むのも自由だけど、人に迷惑をかけていいとか、八つ当たりをしていいってことにはならない。

「申し訳ございません。お席の確認をしていただけませんか…。」

「うるせぇな。」

車内がざわつき始める。
乗客の視線が集まっていることと、あの子が怯えているのがわかる。
それでも、仕事だからとがんばっている姿に、ドキリとした。

「酒、持ってこいよ。」

「あの、お客様…。」

「酒持ってこいって言ってんだろ!こっちは客だっつーの!」

大きな声が張り上げられて、思わず立ち上がっていた。

「席!間違えてるみたいですよ?」

たった今思いついたフレーズが、すらすらと口から出る。
通路に出て、ひざをつけて腰をおろしていた彼女の腕をそっとつかみ、立ち上がらせる。

そして、彼女の前に立ち、酔っぱらいに話しかける。

「お疲れですよね。
そこの席、この子の席みたいなんですよね~。
いや、新幹線って座席間違えることありますよね~。」

酔っぱらっいは、キョトンとこっちを見ている。
正直、酔っぱらいの扱いには嫌ってほど慣れている。

「チケットどこですか?
内ポケットとかによくいれますよね。
ちょっと確認させてもらっていいですか?
あー!これ、隣の車両ですよ!」

大抵、スーツのジャケットの取り出しやすいところにチケットを入れる。
酔っぱらいもそれは同じだったようで、あっさりとチケットを発見した。

酔っぱらいに話は通じない。
理解させようとしたり、挑発すると、怒り出すのがオチだ。

だから、意表をついているうちに、終わらせてしまえばいい。

「疲れてるときに飲みすぎると、乗り過ごしちゃいますよ。
荷物これだけですか?隣の車両ですからね。
はい。君は早く座りな。」

酔っぱらいを席から立ち上がらせるように誘導して、荷物を渡して、お疲れ様ですと声をかけて肩にガシっと両手を乗せた。
酔っぱらいの肩がビクっと上がるけれど、振り返りもせずにそのまま移動していった。

酔っぱらって強気になる人は、普段は温厚だったり常識のある人も多いと思う。
だからこそ、少しでも正気になれば、誰よりも状況を早く察するだろう。

アテがはずれなくてよかった。

おろおろしていた学生風な男の子は、小さく頭を下げて席に座った。

まだ子供だから仕方ない。
…だけど。

思うことがないわけじゃない。

「あ、ありがとうございました!」

彼女は、目にうっすらと涙を浮かべていた。

「いえいえ。」

いつもだったら、知らぬフリをしていたかもしれない。
ぼくは別に善人じゃない。

困っている人がいても、疲れていたり面倒だったりすると、見て見ぬふりをすることもある。
と、いうか、見て見ぬふりをしてきたほうが多いかもしれない。

腕力には自信がないし、なにより自分にも自信はない。

でも、困っているぼくに彼女は迷いなく助けを差し伸べてくれた。
だから、ぼくも困っている彼女を助けたいって思ったんだ。

毎日毎日吐くほどお酒を飲んで、酔っぱらいの相手をしていたことが、こんな時に役に立つなんて、思ってもみなかったな。

席に座って真っ暗な外の景色を眺めながら、なんだか笑えた。
でも、真っ暗な景色を見ながらニヤニヤするなんて、変態に思われたら困るから奥歯をぎゅっとかみしめた。

ぼくは、ヒーローになんてなれない。
そういうのは、もっと目立ったり力があったりする奴ができることだ。

…だけど。
どうしてだろう。

動かなきゃ後悔すると思った、次の瞬間には立ち上がっていた自分に驚いた。

いつもの駅が近づいてくる。
バタバタしたせいで、バニラアイスを食べそびれたな。
でも、今日はなんだか疲れていない。

ジャケットを着て、荷物を持ってデッキへ向かうと、彼女が立っていて驚いた。

最近気づいたけれど、販売に回るタイミングは決まりがあるのか、この駅に到着するときにはデッキの隅で品物を並べ替えていたり、カートにカバーをかけて姿が見えなかったりするから、休憩でもしているのだろう。

「あの、さっきはありがとうございました。」

小さな彼女が深々と頭を下げると、なんだかさらに小さくてかわいい。

「いえいえ。」

こんな時に、気の利いたセリフひとつでてこない。
さっきはスラスラとしゃべれたのに。

「あの、これどうぞ!」

彼女は両手を伸ばして、小さな袋を差し出している。
チラリと中をのぞくと、バニラアイスが入っていた。

「お礼…にも、ならないかもしれませんが。」

車内販売をしているときの滑舌の良さとはちがって、別人のようだけど、それはぼくも同じか。
思わず笑みがこぼれた。

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