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詩集の中で過ごした冬のこと

何年か前の冬、私は人生で一番贅沢な暮らしをしていた。
といっても特にたくさんお金を使ったわけでもないし、時間に余裕があったわけでもない。
精神的にもどちらかといえば暗く、辛い時期だったのだけど、なんというか、言葉の贅沢をしていた。

その冬、私は大学の単位はほぼとり終わったものの進路が決まらず、さてこれからどうなってしまうのか、何がしたいのか、何ができるのか、という状態で、親からもなんとなく白い目で見られ、友達も腫れ物に触るように扱ってくるものだから、誰とも関わりたくなくなってしまっていた。

外に出てアクティブに過ごすタイプの用事を入れられず、こつこつと文章を書くのが好きだから卒業論文は進められたものの、ゼミは欠席、サークルも欠席、という状態の、そんな私が唯一履修していたのが、イギリスの詩についての授業だった。

色々な時代の色々な詩を読む、というのではなく、エミリー・ディキンソンという一人の詩人にフォーカスした内容で、彼女の詩の全集(分厚いペーパー・バックである)を各自購入、教授がいくつか次に読む詩です、と選んだものを各自家で読んできて、指名された人が音読と翻訳をする。

それに教授が注釈や訂正、細かい解説をして、最終的には全員で「いい詩だなあ」という空気を作る、といったような、詩の韻や英文法に親しむにはよいが、学ぶには足らない感じの授業だった。
要約すると、みんなで彼女の詩を読み、「いいねえ」と言い合う会だったのである。

六十歳をすこし回ったくらいだった教授はエミリーの詩が大好きで、ほぼそれを布教するために授業をしているとのことだったが、私はまんまとそれに引っかかり、今でも棚から全集を引っ張ってきては、いいなあ、いいなあ、とやっている。

彼女の詩の美しさは、まず色彩表現にある。強い赤や緑よりは黄昏のオレンジ、紫。繊細な夜明けの描写と、それにうっすらかかった靄のような薄暗さの描写された美しいものがたくさんある。

加えて大切なのが、その多くがテーマに「死」を据えていることである。路地裏の影や、夜の月に照らされない海に浮かび上がる、なんとも言えない暗さとしての死を彼女は優しく、穏やかに、そして妙に理知的に描き出している。

教授は、彼女の詩には人の死を乗り越えさせるような、慰めるようなそんな力があるのだと度々語ったが、本当にそうかもしれない。感情的に死を語る物語よりも、冷静に死を眺める詩の方が癒される人というのは一定数いるように思う。

そんな彼女の薄暗い言葉を受け入れるのに、あの冬はぴったりだった。
わりと雪なんかもよく降るような、そんな“ちゃんとした”冬で、空はいつも薄く曇り、きちんと寒い。今、これを書いているのが夏だからだろうか、冬が妙に遠く感じるというか、懐かしさすら覚えている。

傘をさらさらと滑って地面に落ちていく雪を眺めながら校舎に向かい、教室の扉をあける。十人ちょっとしか入らない小教室なのに空席がいくつかある、そんな履修者の少ない授業だったけれども教授はいつも溌剌としていて、香水だろうか、シナモンの香りをさせている。

自動販売機で買った紙カップ入りのコーヒーを机上に置き、じゃあ始めましょうか、と言うとみなが全集の、その日に読む詩の載ったページを開き、担当者が朗読する。このとき、発音は実はそんなに問題にならない。韻のところをしっかり韻と分かって読めているか、彼女の詩に特有な物憂げな雰囲気がちゃんと出せるか、というところが重要で、だから朗読者はいつも、ちょっと低めの声でゆったりと、末尾をすこし強調するように声を出した。

あの時間の贅沢さが忘れられない。
シナモンとコーヒーのやさしい香りがする暖房の効いた小教室、窓の外では雪が降り、私は分厚いコートを椅子にかけて、詩の朗読を聞いている。どの詩も、ここが一際きれいだ、この単語選びが美しい、と言えるような箇所がたくさんあって、読んでいるとなんだかしみじみしてくる。

好きなエッセイの中で引用されていた小説に、死ぬ少し前の人が、あえて夜に電気も何もつけずに真っ暗な中で椅子に腰掛けてぼーっとしている場面があった。それを書き手は、その人は闇に、あるいは死に自分を慣らそうとしているようだった、と書いていたが、それと同様のことがあの教室で私に起きていたように思う。

私はあの時、エミリーの詩に描かれた死に、自分を慣らそうとしていたのだ。
沈み込むように、私は授業を聞いた。ノートに時々、知らない単語の意味や、特別によいと思った語を書き付け、特に発言や質問はせず、黙って一時間と少しを過ごしていた。

最後の授業のころ、もう教室の外は冬ではなくなっていて、詩とずれてしまったようで惜しかった。あんな冬はもう二度と来ないかもしれない。素敵な詩だけをたくさん読んだ、言葉の中で過ごした冬だった。

今思い返すとなんだか夢のようで、本当にあんなことがあったのかどうかも分からなくなってしまうけれど、私の本棚に彼女の全集があるのは確かで、だからきっと現実なのだと思う。

昨日書いたもの→Mさんと露骨な作り笑いのこと

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青木空絵

アオキソラエです。思い出をまとめた2000字くらいのエッセイを半年ほど毎日投稿していましたが、2019年以降は不定期更新に切り替わっています。旅行に行ったら旅行記を書き、生活で辛いことがあったらエッセイを書き、という形でやっていく予定です。よろしくお願いいたします。

エッセイたち (2018/09)

2018年9月2日から30日までに書いたエッセイをまとめました。
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