見出し画像

Mさんと露骨な作り笑いのこと

最近までアルバイトをしていたお店に一人、気になる人がいた。
好意を抱いていたかのような書き方だがむしろ逆で、どちらかというと私は彼を疎ましく思っていた。そして同時に心配してもいた。今後、この人はどうなっていくのだろうか。
今日は、そんなMさんの話をしようと思う。

初めに会ったときから、彼とはなんとなく合わない感じがした。
他のアルバイトの人に比べ、ちょっと口調がぞんざいで、失礼なのだ。

バイト先には大学に入りたての子から30代でダブルワークをしている人、夢に向かって頑張っている人までわりと幅広い年齢層の人がいたが、基本的にみな敬語を使い合っていた。仲がよく、からかうようなことを言い合うような場合も敬語だし、休憩中に互いの共通の趣味について話すようなときも敬語だった。

しかし、Mさんはちょっと違っていた。
最初は敬語っぽい口調で通すのだけど、どうも話が進んでいくと、「そんなことはねえだろ」、「ちげえだろ、それ」などと砕けた言葉遣いになる。それも些か砕けすぎているというか、語調が強いので驚いてしまうのだ。

これではまだMさんという人がよくわからないだろうから、彼の特徴をいくつか列挙しようと思う。外見はいかにも生真面目そうで、わりと整った顔立ちをしている。そしていくつかの特筆すべき点、というか押えておきたいポイントがある。

まずは一人で喋るクセだ。
店内で働くとき、店頭に商品を並べる役割の人と、レジで接客をする役割の人がいた。Mさんはどちらかといえば単純作業が得意なタイプだから前者を基本的にやっているのだろう、と思っていたらそうではなく、その理由となっていたのが独り言だった。

商品を並べながら、「これはここで、これは…ああこれは向こうか」などと喋るのである。ちなみにこれ、本人には自覚がない。どうも考えていることがそのまま口に出てしまうらしく、それをお客さんがいるときでも平気でやるのでとても店舗で一人きりにはできない、というのが店長の判断で、私も同感だった。

一度驚いたのが、店長に「この棚の商品をもっと手にとってもらうにはどうすればいいと思う?」と聞かれたとき、考えの過程を全部口に出していたことだ。想像がつきにくいかもしれないが、

「入って右側の棚だから右を見てもらうには看板をつけてみるとかいやでもわかりにくいかそれならテープか何かで囲って見やすくするかでも時間がかかるからやめておいたほうがいいか」

という感じで、とにかく抑揚も間もなく誰に聞かせるというのでもなく、小さな声でブツブツとお経のように自分の考えていることを駄々漏れにしていたのである。店長は困惑し、「ボソボソ言うんじゃなくて、はっきり、僕に聞こえるようにね」と言ったが、「はっきり」と言われて困ったのか、ぴたりと黙ってしまった。

次が機械的な作り笑いである。
彼の笑顔は接客時、基本的に嘘だった。まあそれは接客業あるあるというか、誰もが常に心からの笑顔というわけにはいかないと思う。彼の問題点は、それがあまりにも「ザ・作り笑い」という感じで、露骨だということだ。

お客様に対してだけではなく、例えば出勤時、「おはようございます」と挨拶をするときの顔も完全な「ザ・作り笑い」である。口角を上げる、目を細める、よし、これが笑顔!と確認してやっているのではないか、そう思わせてくるその表情は、店長に「Mくん、接客業だし、同僚にもお客さんにももっと笑ってね」と言われた日から始まったものらしい。

要するに、普段の生活の中では一切笑うことがない人なのだ。だから「にこやかに」と言われてロボットみたいになってしまうのであり、会話の抑揚も普段ほぼ付かない。普段の自分を接客業に当てはめるのではなく、普段の自分とは別の接客用の自分を練成しようとして、それが上手くないので演技感が出てしまうという感じか。

最後に、指示語を使うのが下手であることも書いておきたい。
「あれ」「これ」「それ」「どれ」を使いこなせていないというか、朝いきなり、「おはようございます、あれってどうなったんすかね」と話しかけてき、「あれって何ですか?」と尋ねたら、「駅前にずっと置いてあったオブジェが一つなくなっていたこと」だったりするのだ。
そんなのわかるわけがない。ちなみに彼とそのオブジェについて話したことは一度もない。

とまあこんな具合で、何でもかんでもはっきり明瞭に!嘘はなく正直に!と言いたがる私にとって、Mさんはあまりにも鼻に付くというか、苦手な存在だった。会話をするときも頑張って抑揚をつけているせいで嘘くさいし、表情も嘘だし、質問したときに口の中でもごもごと何か言った後、結局押し黙るようなところも嫌だった。

さて、そんな彼は今年で大学四年生になる。
私および彼、さらにバイト仲間の数名は今年の3月に結託し、人生のちょっとした区切りを乗り越えんとしていた。就職活動だ。

私は面接が苦手なので早めに対策をし、受ける業界や会社も絞り、とやっていて、運よくわりと早い段階で内定をもらうことができていた。他のバイト仲間も次々と決まり、あとはMさんだけ、という状態になって、それが、私の冒頭で言った心配に繋がっている。

Mさん、どう考えてもめちゃくちゃ就職活動に向かないタイプなのだ。
面接のとき、「志望動機を教えてください」と言われてあの、もごもごと口の中で考えていることを全部言う下りをやってしまっていないだろうか。面接官に、(この人、いかにも作り笑いだなあ)と思われていないだろうか。抑揚もつけすぎて不自然になっていないだろうか。

私がバイトをやめる前の前の勤務のとき、久しぶりにMさんに会った。夏の暑い中、彼はリクルートスーツを着てやって来て、特に触れないでおこうと思ったのだが彼のほうから「いやあ、早く脱ぎたいっすよ」と言ってきたので、「就活続けてるんですね」と返した。

「最初は出版系受けてたんですけど、会社が減ってきたんで商社受けてます」と言う。
臨機応変にいろいろな物事に対応するタイプのことがやりたいそうだが、それを聞いて私はいくつか思い出すことがあった。

Mさんがレジで接客をしていたとき、いつもとは違う位置からお客さんに商品を差し出されて完全に思考停止、仕事を中断してしまったこと。

同時に使えるクーポンと使えないクーポンをごちゃまぜに出されて脳がパンクしてしまい、勝手に全部使えることにして会計して怒られていたこと。

店長に「今日はこの商品をこっちの棚に、この商品をあっちの棚に出しておいてね、いつもとちょっと違うけどよろしく!」と言われたあと、威勢よく「はい!」と返事をしておいて全部間違えていたこと。

この人、臨機応変に働くのとても苦手だよなあ。熱心に就職活動を続けているし、仕事は決まるかもしれないが、適性と間逆なのではないだろうか。そういうことを指摘してくれる人は周りにいないのかな。でも、やりたい仕事をやろうとする姿勢は素晴らしいものだし。

もちろん何も言わず、そのままバイトをやめた。
この間久々に店舗の前を通りがかったら、いつもどおりの露骨な作り笑いでMさんがレジに立っていて、せめてあれだけでも直ればな、と余計なことを考えてしまった。

昨日書いたもの→無自覚に過ぎ去ったデートのこと

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

サポートしていただいたものは書籍の購入にあてる予定です…! (本屋に行くと一度に7000円使うヤバい人間のため)

2

青木空絵

アオキソラエです。思い出をまとめた2000字くらいのエッセイを半年ほど毎日投稿していましたが、2019年以降は不定期更新に切り替わっています。旅行に行ったら旅行記を書き、生活で辛いことがあったらエッセイを書き、という形でやっていく予定です。よろしくお願いいたします。

エッセイたち (2018/09)

2018年9月2日から30日までに書いたエッセイをまとめました。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。