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南伊、女一人旅のこと part.3

ナポリ初日、私は真っ先にホテルに荷物を置いて、ベッドの上に横たわって本まで広げてしまってから、さて今日はどうしよう、と考えた。

外に出るべきなのだろう、と思いはすれど、開け放った窓から聞こえるけたたましいクラクションが、車がびゅんびゅん行き交う中、その間をすり抜けて横断しなければならないナポリ歩きの難しさを思い出させる。

ナポリまで来て車に轢かれて死ぬのは嫌過ぎるのだった。
とはいえ、折角来たのにずっとごろごろしているのも勿体ない。
私はここまでの交通費および宿泊費、しめて20万と少しのことを考えた。

20万と少しといえば、働き出してからの月収とほぼ一緒である。
となると、貧乏学生の今はもちろん、社会人になってからでもそれなりに贅沢な旅行ということにならないか。

…ならば、まあ散歩くらいはしてみるか。

そんな風に思い、どうせ繋がらないのだからとスマホを持たずにホテルを飛び出した。
地図すら持っていかなかった(これは大失敗であった)。
飛び出した先、ナポリはまだ、昼の11時だった。

目指すはホテル近くのドゥオーモ、大聖堂だった。
建築も宗教も何一つ分からない私だが、そういうありがたい場所へ行ったときに妙な感銘を受けるだけの感化されやすさ、影響されやすさは持ち合わせているため、きっとよい影響があると考えたのである。

しかし、歩けど歩けどドゥオーモにはたどり着けなかった。
標識が出ているのに、そしてそちらの方に歩いているのに、一向にそれらしい建物は現れない。いや、正確に言えば、教会っぽい建物は無数に存在していた。Chiesa、教会を表す語もいたるところに出ている。

扉が開放されていたので中に入ってみると、保存状態はいまいちであってもいかにもな宗教画、祭壇、教会特有の長椅子が連なっている様子など期待通りのものをみることができた。
しかし、ドゥオーモはどこに行ってしまったのだろうか。

明日また、地図を持って来よう。
そう思って歩いていると、にぎやかな店の連なる通りに出た。
思いがけずナポリの目抜き通り、「スパッカ・ナポリ」にたどり着いていたのである。

折角だからイタリアワインでも買ってみようと入った店のご主人は「カワイイ、カワイイ」とめちゃくちゃ私を褒めてくれ、これじゃ褒められたから買うみたいだなと思いながらも白ワインとチーズの塊を一つ購入した。

晩酌のセットが揃ってしまえばもうとりあえず今夜は完璧、ホテルに戻ろうと歩き出した私だったが、ここで問題が起きる。
普通に道に迷ったのである。

正直、血の気が引いた。
さっきまでは雑多ながらも駅前らしく高いビルや近代的なテナントも並んでいたはずなのに、どう間違えたのか港のほうに来てしまっており、標識も何もなく、ホテルの影も見えない。このままではまずいとスタスタ歩く。

しかしどう歩いても一向状況はよくならなかった。
見慣れた通りなどまだないに等しいが、見覚えのある通りにすら出会えない。そして、それがどこにあるか検討すらつかないのである。ネット環境もないし、地図もない。見知らぬ街。それも見知らぬ国。

もう泣きそうだった。仕方がない。
私の最終手段はただ一つ、通行人に声をかけ、「中央駅はどこですか?」と聞くことであった。はっきり言って怖い。そもそも私のイタリア語、通じるのだろうか…

擦れ違う人の中から、私はもっとも怖くなさそうと判断した10歳くらいの少女(もう少し上にも見えたが、外国の子は大人っぽいので分からない)に、片言のイタリア語で話しかけてみた。「すいません、中央駅はどこですか?」

しかし彼女の答えは「non.」というさっぱりとしたものだった。
英語で言えばno、日本語ならばいいえ、要するに「知らない」という意味ではないかと私は思った。そして落ち込んだ。
近所に住んでいるのに、あんなに大きな駅の場所が分からないなんてはずはないように思ったからだ。

そうだ、私は日本ではわりと善良に見られるし、道などもよく聞かれるほうだけれど、今、この場所では片言のイタリア語をしゃべるどこの誰ともつかない外人なのだ…
少女の「non.」一言でそこまで考えて落ち込んでしまい、がむしゃらに歩いてみたらどうにか大通りに再び出てくることができた。本当にほっとした。

しかし今更になって、あの「non.」は本当に怪しい外人を拒絶するための言葉だったのだろうか、という疑問がわいている。電車を利用する機会がなかった小学生の頃、私は最寄の駅がどこにあるか、それどころか名前かすら分かっていなかったように思う。彼女も、めちゃくちゃ焦っている外国人の女を助けたいと思えども、本当に駅の場所を知らなかったから答えられなかったのかもしれない。

このように考えることで、旅は次第に美化されていくのである。
その晩、私はホテルでヴェスヴィオ火山を眺めながら、市場で買ってきた「ポンペイ」とラベルのついたワインを飲んだ。広大な遺跡で有名なポンペイはまさにヴェスヴィオの噴火で滅びた町である。

さっぱりとした味で飲みやすい。合間におじさんに薦められたちょっと大き目のチーズにかじりついてみたが、こちらは味が濃すぎた。味が濃いというか、風味が全体的に濃厚なのだった。これは食べきるまでかなりかかるぞ、と思った。
そしてその想像通り、チーズは帰国前日まで5日もの間、冷蔵庫に居座り続けた…


前回書いたもの→南伊、女一人旅のこと part.2

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青木空絵

アオキソラエです。思い出をまとめた2000字くらいのエッセイを半年ほど毎日投稿していましたが、2019年以降は不定期更新に切り替わっています。旅行に行ったら旅行記を書き、生活で辛いことがあったらエッセイを書き、という形でやっていく予定です。よろしくお願いいたします。

エッセイたち(2019年)

2019年に書いたエッセイをまとめていきます。(更新中)
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