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夜に一条の光、「銀河鉄道の夜」のこと

こんなに有名な本を改めて推薦するのはどうかと自分でも思うが、先日宮沢賢治が暮らしていた岩手県に行ってきたことだし、いわゆる“名作”を避けるタイプの読書家もいるだろうと思うので、書きたい。
ぜひとも書きたい。

宮沢賢治作、「銀河鉄道の夜」は37歳で早世したこの作家にとっては晩年に書かれた作品で、しかも数少ない長編童話の一つである。物語はいくつかのエピソードを付け加えたり、登場人物を削除されたりしながら何度も手直しをされ、大きく分けて四つのバージョンがある。

バージョンは違っても物語の大筋は同じである。
父親が出稼ぎに出たきり帰ってこず(投獄されていると書いてある版もある)、その上母親も病気で倒れてしまったので、どうにかこうにか生活費を自分の力で稼がねばならない少年ジョバンニは、朝には郵便配達、放課後には活版所で働いているせいで本を読んだり勉強をする元気がなく、友達と遊ぶ時間もない。

なんとなくみなと疎遠になった頃、彼の住む町で銀河のお祭りが行われる。
けれどジョバンニは、一緒に行こうと誘うことも、誘われることもなく、一人でみなを遠巻きに眺めるしかない。それがなんとも悲しくなり、町外れの「天気輪の丘」に上って一人、寝そべって銀河を眺める。

ここでさりげなく登場する、塔のような形の「天気輪」というのが何なのか、実はよくわかっていない。人によっては雲がわだかまったようなものを想像しているし、また人によっては賢治が熱心に信仰していた法華経が関係しているという。私はなんとなく、「太陽の塔」のようなものではないかと思っているが根拠はない。十人十色の「天気輪」がある。

さて、そんな寂しい彼の耳に、誰かの「銀河ステーション、銀河ステーション」、という声が聞こえ、夜空に鉄道線路のようなものが浮かび上がるのをジョバンニはみる。けれども次の瞬間、彼はまばゆい光に包まれ、夜空を走る列車、「銀河鉄道」の中にいるのだ。

銀河鉄道の中には級友のカムパネルラという少年が、何だか考えごとをしているように、切なげに腰掛けている。彼は版によってはジョバンニの幼馴染、またある版によってはただのクラスメイトなのだが、どちらにせよジョバンニは彼を敬愛し、仲良くしたいといつでも思っているのである。

そんな大好きなカムパネルラと共にジョバンニは銀河を旅する。
車窓からの風景はいちいち美しい。青白い光、砂のように散らばる星星、何かの象徴のような美しい建物や十字架、花、そして輝きを反射する天の川の水面。電車には様々な人が乗り込んでくる。鳥を捕って売ることを生業としている鳥捕り、自分たちは水難事故で死んだと語る家庭教師、彼が連れてくる子供たち。

結末部についてはここでは語らないことにする。
それにこれは版によって内容が大きく違う部分なので、読んだことがある人の中でも解釈や読み取るメッセージが違うのである。

それぞれの読み比べも楽しいところだが、出版社、文庫ごとにどの版を収録しているかと覗くのも面白い。本によっては、第三バージョンと第四バージョンを両方混ぜてみたり、第一バージョンにしか入っていなかった文章をあえて持ってきたり、賢治自身が削除した文章を話の最後に付け足したりしている。

そうやってアレンジしながら、人々は「銀河鉄道の夜」の完成形を求めてきたのだが、実は第四バージョンが書かれたのが彼のほぼ死の際といってよいころだったから、おそらくこの作品は完成していない。

私はこの作品を、成長していく物語だと考えている。
第三バージョンを書いた後、作家はずっと暮らしていた岩手県から出て、東京でオペラを見たり、エスペラント語を勉強したり、タイプライターの学校に通ったり、精力的に活動していた。

そして、そんな時間を経た後に体調を大きく崩して、親戚宛の遺書まで書いて、そんな中で作り出されたのが「銀河鉄道の夜」の第四バージョンなのだ。さまざまな経験をつみ、自分が本当に死ぬかもしれない、というところまで追い詰められてから、十年近く前に書いた物語にもう一度手を加えた。それで物語が成長しないはずはない。

昔、「銀河鉄道の夜」が好きすぎて、実際に宮沢賢治が暮らしていた花巻市を夜、散策してみたことがある。星の美しい夜だったが、銀河鉄道は見えなかった。けれどもその日、私はずっと大切にしていたものを街のどこかで落としてしまい、いくら探しても見つからないままに帰郷した。

その日のことはいつか書くと思うが、つい泣いてしまった。
喪失の涙を流しながら夜の街を練り歩き、「銀河鉄道の夜」を求め来たものにこれほどふさわしい状況もないなと思っている私と、ただ喪失を悲しんでいるだけの私が分裂したあの日から、私はこの物語を一段深く読めるようになった気がしている。


昨日書いたもの→落葉のごとき「ためいきのとき」のこと

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青木空絵

アオキソラエです。思い出をまとめた2000字くらいのエッセイを半年ほど毎日投稿していましたが、2019年以降は不定期更新に切り替わっています。旅行に行ったら旅行記を書き、生活で辛いことがあったらエッセイを書き、という形でやっていく予定です。よろしくお願いいたします。

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2018年9月2日から30日までに書いたエッセイをまとめました。
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