本に刻まれた記憶、「遠野物語」のこと

柳田國男の「遠野物語」のページを捲った場所を、私は三つ覚えている。

本を読んだ場所を覚えている、音楽を聴いた場所を覚えている、ということが私には頻繁にあり、このような感覚について人と話したことがないので他の人もそうなのかどうかよくわからない。

ともかくそんな能力のおかげで思い出せるのが、私が初めて「遠野物語」を読んだ場所がインドの空港だったことである。

「遠野物語」は、柳田氏が民俗学の権威であることからも察されるだろうし、そもそもかなり有名な本だから、説明も必要なさそうなのだが、岩手県の遠野市(最近岩手のことばかり書いている。昨日も書いたし、最近旅行も行った)で語り伝えられている小さな伝承を沢山集めた本である。

土地に根付いた不思議話がバリエーション豊富に沢山詰め込んであり、そこに疑問や否定は許されない。話者が「こういうことがあった」といえば、それはある程度は「あった」こととみなされなければならないのだ。

そんな本をなぜインドの空港で読んだのだろうか、私の手元にぼろぼろになった文庫本が一冊あることから察するに、ブックオフの百円均一の棚から買い放題をした際にたまたま購入しており、何の気なしに旅に携えたのだろう。

それを開いている私を想像すると、周りに均等に並べられた黒いビニール椅子と、そこに腰掛けたもう四人の日本人が見える。われわれはそのとき、同じインドの大学を目指して旅に出る途中で、けれど互いのことなど何も知らないものだからみな思い思いに時間を潰していたのだ。

インドなまりの、舌を巻くような英語でアナウンスが流れ、それを聞いて何人かの人がスーツケースを引いて席を立つ。その中で私たちだけ、乗り継ぎの都合で三、四時間はその椅子に座っていたと思う。ようやく時間が来たとき、私はわりと難解な日本語で書かれた「遠野物語」を半分と少ししか読めていなかった。

パタンと閉じ、肩から提げた小さめのカバンにそれを押し込んで搭乗手続きへ向かった、それが最初の記憶である。

「遠野物語」を開いた二つ目の場所は、インドの大学にある学生寮で、私たちは日本に帰る直前だった。荷物をつめ終わり、後はドライバーが来るのを待つだけ、という状況になったまま、なんやかんやで二時間経って、色々なものがもうスーツケースの中にあり、Wi-fiも使えないものだから、そうだ、本の続きを読もう、と久々に開いた。

忙しい日々を過ごしていたのでもうどんな内容かほとんど思いだせなかったが、「遠野物語」はほぼ箇条書きみたいに色々なお話が並んでいるので特に支障はなかった。その日も結局読み終わることはできず、車に乗り込んだときに本は閉じてしまった。

インドとの別れを惜しみ、日本人みんなで車中で号泣した。それを慰めるドライバーの英語が、最早耳に馴染んだ、インド風のアクセントだったことも余計に我々の涙を誘った。こんなに泣いたら本が濡れてしまう、と慌てて文庫本をカバンに突っ込んだ、それが「遠野物語」を読んだ二箇所目の記憶だ。

三度目に「遠野物語」を開いたのは、インドに行ってから三年ほど経った去年の十二月で、私は、しばらく会っていない男友達を駅前で待っていた。私も彼もそれなりに予定が多いので、必死で合わせた予定だったが、当日は運悪く、まともに歩けないほどの豪雨だった。
彼が乗った電車も遅延していて、そのせいで私と着く時間に差が出たのだった。

ずいぶん前にはさんだ栞だな、と「遠野物語」を開きながら私は、もしかしてインドに行ったきり開いていないのか、となんだか途方もない時間に溜息を吐いた。読みたい本は尽きず、どんどん増えていってしまうから、時々こういうことが起きる。この本より先にこの本、その前にこの本、でも今日はこの本、それで後回しにされてしまう、不運な本があるものだ。

電車はだいぶ遅れたらしい。
「遠野物語」も読了に近づいた頃、「ごめん」と、掠れた声がかかった。
大変だったね、と声をかけようとして、彼があまりに痩せているので驚いた。以前会ったときは太ってはいないまでもがっしりとした体格だったのが、頬がこけ、年齢まで増したように見える。

「どうしたの、激痩せしてない?」
と尋ねたら、「ダイエット」と笑った。彼がここ数年の間付き合っていた恋人と別れたばかりだったことを、本当は私は知っていたのだが、知らないフリをして会話を続けた。

そういえば、インドから帰国した直後も彼と会ったなあ、と私は思い返した。
あの時、彼は彼女と付き合いたてで、私のインド話と彼の惚気話が交互に混ざる、まとまりのない会話をした覚えがある。
それだけの年月か、と私は「遠野物語」を見つめた。

本のページに、それを読んでいた頃の思い出や通り過ぎた場所、人などが関連づいて記憶されていることを実感するたび、私はより一層本が好きになる。

なるべくたくさんの本を、思い出を刻み付けるようにしながら読んでいきたいものである。


昨日書いたもの→夜に一条の光、「銀河鉄道の夜」のこと

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青木空絵

アオキソラエです。思い出をまとめた2000字くらいのエッセイを半年ほど毎日投稿していましたが、2019年以降は不定期更新に切り替わっています。旅行に行ったら旅行記を書き、生活で辛いことがあったらエッセイを書き、という形でやっていく予定です。よろしくお願いいたします。

エッセイたち (2018/09)

2018年9月2日から30日までに書いたエッセイをまとめました。
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