俺は演劇リボルバーSeason2【1】
20XX年某月某日。
冬晴れ。洗濯物を干していると、沈丁花の香りがそこはかとなく漂ってくる。そのまま窓を開けたままにすると、ほのかに暖かい風が入ってきた。幸いにして花粉症の気がない私は、春になりかけのこの時期が、一年で最も好ましい季節だ。冬の間、乾燥で悩まされた肌も、心なしか潤って感じる。
平和であった。縁側がある家に住んでいたら、日の当たる場所でお茶でもすすっていただろう。そして、日がな詰将棋を続けていると、野良猫がもはや専用のベッドとなった敷石の上でこれでもかと体を伸ばし、気持ちよさそうに目を閉じている。ノラや、と話しかけると、立つのも一仕事とでもいうようなもっさりとした仕草で近寄ってくる……。
ということを想像してニヤニヤしている時だった。私の平穏が奪い去られた時は。
二匹のかいぶつがあらわれた。
(アイマスク提供:カタール航空)
かいぶつは言った。
「演劇リボルバーさん。あなたが引きたいのは、ひょっこりひょうたん島でもらったチラシですか、それともレミングでもらったチラシですか」
正直者の私は答えた。
「いいえ、どちらも引きたくありません」
「あなたは正直者ですね。それでは、二つのチラシをミックスして、さらに大駱駝艦でもらったチラシも加えてあげましょう」
おもむろに目隠しと拘束具(軍手)をつけられ、チラシの洪水の中へと連れていかれる。
何かに導かれるようにして、手に取ったチラシ。
「うぎゃーーーー」
かいぶつたちの悲鳴が聞こえる。クリティカルヒットを喰らわした強力なチラシは、これだ!
シス・カンパニー
アルカディア@シアターコクーン
かいぶつたちはニフラムを受けたさまようよろいの如く消え去っていった。恐るべし効力……さすがはシス様である。チラシを見るだけで、その豪華さがビンビンと伝わってくる。
出演は月9でやってたピュア(1996年)で和久井映見と共演していたことも記憶に新しい堤真一、CNNの「まだ世界的に名前は売れていないが、演技力のある日本の俳優7人」の一人に選ばれた寺島しのぶ、ミュージカル界では有名らしい井上芳雄と浦井健治ら。作はサー・トム・ストッパード、翻訳は知り合いの川島さんの同級生である小田島恒志、演出はクマっぽい栗山民也。
Season2を迎えた演劇リボルバー。その一歩からしてすごいところに来てしまった感が否めない。シアターコクーンという劇場、豪華な出演者とスタッフ陣からあふれでるメジャー感。実に光栄なことである。
しかし、この豪華な顔ぶれに見合ったチケット代金を請求されるのが世の常というもの。
S席 11,000円
A席 9,000円
コクーンシート 6,000円
S席11,000円??? ムランティン3回観てもお釣りが来るよ!
ムランティン2回観たと思ってコクーンシートを買うしかないか……と涙ながらにチケットぴあを見てみると……
ぜ、全滅……!?
いや、大阪公演はまだチケットが残っている。あわよくば遠征を、とも考えた。しかし、大阪で観た場合、得られるのは大阪のチラシ。それでは、大阪演劇リボルバーにならざるを得ない。
慌てて「アルカディア、チケット」で検索してみると、ヒットするのはネットオークションやチケット譲渡サイトの数々。
じゃあ、諦めますか。と、のほほんとやり過ごすこと数日、開幕間近と鳴ったところでシス・カンパニー様が粋な計らいをしてくださいました。
【東京公演 中2階立見券 前売決定!】
しかも3,500円。さらに、中二階立見券が売り切れた場合に、2階立見券(2,500円)を当日券で発売予定とのこと。これは、あわよくば中二階立見券も売り切れてしまえばムランティンよりも安いではないか!
そして、意気揚揚と向かった先は、演劇の殿堂・渋谷Bunkamuraシアターコクーン。
当日券を買おうと劇場入口に設けられたカウンターに向かうと、その隣から漂うただならぬオーラ。ニフラムで消し去ったかいぶつが現れたか! と緊張感が走る。身構えつつ隣の様子をうかがってみると、関係者受付に鎮座して菩薩のような笑みを浮かべるシス・カンパニープロデューサーの北村明子氏でした。
北村明子さんインタビュー (老後は尼になりたいそうです)
票券担当の人から、「当日券の中二階立見席は上演中一部見えづらいシーンがありますがよろしいですか」的な説明を受けている最中、「あら、こちらの人何枚だったかしら」と強引に話に割って入る菩薩北村。その傍若無人いや菩薩的な振る舞いもさすがであるが、そんな北村氏さえもテキパキとさばいて、ガンガン当日券をさばく票券担当の方もさすがはシス様である。リボルバーもテキパキとさばかれ、中二階立見券を無事確保できました。
劇場の中に入ると、そこは女の花園。ほぼ9割女性。しかも妙齢。漏れ伝えくる会話を聞く限りは、浦井健治、井上芳雄目当てのミュージカルファンが多い様子。
こんな中一人で男が当日券で立見してるなんて、何目当てと思われているんだろう……、と少し恥ずかしい思いを抱えつつ、ふと、後ろの立見エリアを見た。
若い男が一人で立ち見していた。
しかもオペラグラス完備。
気が引けるなんてことはありませんよ。「劇場は広場」という某劇場の入口に掲げられているレリーフを思い出しました。
さて、物語の舞台はある英国貴族の豪邸。同じ場所を舞台として19世紀の世界と現代が交互に演じられ、過去と現在が交錯しつつ「隠遁者の庵」にまつわる謎と悲劇が徐々に明らかになる……という構造。
舞台上で謎が解き明かされていくにつれ、リボルバーもある一つの結論に至った。
この中二階立見席、実に素晴らしい。
上演時間はトータル3時間。立見には相当な覚悟が必要であったが快適に過ごすことができた。あえて言おう。シアターコクーン中二階立ち見席は、ビジネスクラス並に快適である!
1.スペースが広い
この座席図を見て頂くと分かる通り、シアターコクーンは舞台を正面から観る座席の他、サイドから観る座席も配置されている。中二階の立見席は座席表③のサイドのバルコニー席の後方にあり、コの字型の手すりに4~6人が立てるスペースが用意されている。コの字型の手すりの中には、一人分が立てるようテープでエリア分けされており、その枠を超えないよう係員から前もって注意を受ける。その間隔、なぜか手元に持っていたメジャーで測ると37cm。これがもし立見席まで満席になるようであると地獄の極みであるが、幸いにしてこの日は、コの字の手すりの一番後ろにリボルバー、一番前に女性客がいるだけだったので、通常の客席よりも広くスペースを使うことができた。
このサイド席は、ヨーロッパの馬蹄形のオペラ劇場でいえば、ボックス席にあたる位置である。ボックス席の個室を借りきっていると思えば、実に贅沢な気分に浸ることができる。椅子がないというだけで実に自由な空間なのだ。
2.意外と見やすい
中二階立見席、意外と見やすく舞台のほとんどは観ることができる。しかし事前の説明通り、角度の問題で上手・下手の一部でどうしても見づらい場所ができる。しかし、立見席であれば見えづらければ立って動くことができるので、コクーンシートよりも見えるスペースは広いといえるだろう。
そして、中二階立見席からは客席が見渡せるのも醍醐味の一つだ。舞台を成立させるのは役者だけではない。それを見る観客がいてこそ、演劇が成立すると巨匠ピーター・ブルックも言っているではないか。演劇の重要な構成要素の一つ、観客をじっくり高みの見物ができるのが、この中二階立見席である。有名な役者が出てくる。ザザッと1回席の観客が動き、一斉にオペラグラスを持ち出す。堤真一登場→ザザッ、寺島しのぶ登場→ザザザッ、浦井健治登場→ザザザザザザッ、とオペラグラスを持ち出す人を数えることで、誰が人気があるのかを測るバロメーターとなった。ちなみに後ろの立ち見エリアにいた男がおもむろにオペラグラスを持ち出したシーンは初音映莉子の登場シーンでした。
3.トイレに行きやすい
一幕の終わりを告げる紗幕が降りきる前から、続々と人が立ち始める。客電がついたときには座っている人はほとんどいない。何事かと思ってロビーに出てみると、これでした。
すげー列……。しかし、中二階立見席ならそんな心配もご無用。何しろ後ろを見ればすぐにドア。客席案内係が開けてくれる前に扉を開けてトイレにダッシュすることが可能です。
4.何ならストレッチもできる
中二階立見席。当然の事ながら立見は疲れる。足もむくんでくるだろう。しかし、そんな時にはストレッチをするのはどうだろうか。無論、後ろには誰もいないので気兼ねなく動くことができるのが中二階立見席の大きな利点だ。
まずはストレッチ。屈伸から伸脚。肩を伸ばしても気持ちがいい。
ストレッチ(イメージ)
さらには、中二階立見席特有のアイテム、手すりを使った筋トレもおすすめだ。斜め懸垂、そして手すりを肩に当てて指圧するのも気持ちがいい。
手すりを使ったエクササイズ(イメージ)
仕上げにアキレス腱伸ばしから戦士のポーズ!
戦士のポーズ(イメージ)
こんなことを普通の席でやったら顰蹙者だが、気兼ねなくできるのも中二階立見席の大きな利点である。
5.ストレッチにも飽きたら妄想してみよう。
同じ立見エリアにいた人は、いかにも仕事帰りといった風情の女性であった。舞台では19世紀の貴族たちが朗々とバイロンの詩についての解釈を舌鋒鋭く論じている。そんなイギリス貴族の邸宅をのぞき見しながら、肩に手を回し、二人の距離は一気に縮まるのであった。
(イメージ)
えー、二幕になると、同じ立見エリアの女の人はいなくなってしまいました…。
6.疲れた? それなら最後の手段
そして、安眠……。
7.もちろん、普通に芝居を観たっていい。
劇場は広場。自由である。
と、様々なことを客席でも繰り広げていると、3時間の立見もあっという間でございました。劇評は演劇ジャーナリストの徳永京子さんのnoteを読むといいと思います。この舞台を「優雅に、瑞々しく、難解は踊る」と評するセンス。さすがプロの仕事だと思う
ということで、チラシ引きの儀。今回の会場は静岡県の駿府城公園でございます。
駿府城公園(静岡市)
立会人はおなじみのかいぶつさんお二人。豊かな自然に包まれて、まるで森ガールのようですね。
軍手を忘れたので、サングラス&チラシが入っていた袋を手袋代わりに使う徹底ぶりです。
チラシをガサゴソと選びます。
そして、引いたのはコレだ!!!!!!!
8月の家族たち@シアターコクーン
うぎゃーーーー。かいぶつたちの悲鳴が聞こえた。シアターコクーン。翻訳劇。随所にタレントを使ったキャスティング……アルカディアと丸かぶりやんけ!!!!
嫌な予感はしておりました。だって、受け取ったチラシがやけに薄かったんですもの。どうやらコクーン・リボルバーのターンに入ったようです。
しかも、よく見ると立会人Tが先頭に持って写真に写っているという……。これも何かのお導きかもしれませんね!
これからいったいどうなるリボルバー、顔をあげようリボルバー、さらなる高みをめざせよリボルバー!!
※演劇リボルバーSeason1はこちら
https://note.mu/aomugio/m/m3c5959780e35
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