詩詞評|『メルヘル小惑星』ナナヲアカリ①
よくこんなことを聞かれます。
「ナナヲアカリは一体何者なの?」
私も最初は同じことを感じていました。
もう知っている人も、まだ知らない人も、
ナナヲアカリが好きになることを願って、
評説を書きたいと思います。
作品紹介
ナナヲアカリは何者なのか。
そう思わせるように、彼女にはたくさんの顔があります。それでも、それがナナヲアカリだと分かるのは、いつも同じ通奏低音があるからです。それが最もよく表れているのが『ナナヲアカリ×ナユタン星人』の作品群です。
ナナヲアカリの1stアルバムはふたりの作品に始まり、ふたりの作品に終わります。そのうちのひとつ、アルバムを締めくくるのが『メルヘル小惑星』です。
『メルヘル小惑星』は、がんばって一言で言うなら「星の距離を超えた恋のお話」です。メルヘル小惑星で暮らす「あたし」は、違う星で暮らす「あなた」に恋焦がれる。「あなた」とふたりで過ごすことを夢に見て、理想妄想して過ごす。そんな文字通りメルヘンな「あたし」が惑星の距離も飛び越える、一世一代の大ダイブに打って出る。ただ「好き」というだけの強い衝動だけだけど、それはどんな不可能も可能にしてくれるんじゃないかと、本気でそう思わせられるパワフルなポップチューンが『メルヘル小惑星』。
読解
『メルヘル小惑星』では<空想>と<現実>が対比されています。『メルヘル小惑星』が<空想>を、「違う星」もしくは「惑星外」が<現実>を象徴しています。
詞中の「夢見遊び」という言葉を軸に読み解いていきたいと思います。
詞の前半部で「あたし」は「夢見遊びをしようか」と歌います。
「あなた」に「出逢えてみた」「あたし」は、どうも「あなた」に近づいたり、振り向いてもらうための術が見当たらず、でも「あなた」の「スポットライトに当たっていたいから」「夢見遊び」に耽る。この「夢見遊び」は、「小惑星a.k.aマイワールド」、つまり、『メルヘル小惑星』こと自分で作り上げた自分だけの頭の中の世界で繰り広げられます(※1)。ここで、『メルヘル小惑星』が<空想>の世界の象徴であることがわかります。
ところが、詞の後半部で「あたし」は「もう夢見遊びはやめた」と歌います。
『メルヘル小惑星』=<空想>の世界であなたに近づけば近づくほど、『違う星』=<現実>の世界であなたが遠ざかっていく。ずっとあなたを思っているだけで満足なら空想に逃げ込めばいい。その意味で「ずっともしものもしも」=『メルヘル小惑星』は「ヘブン」。だけど、もし本当に夢が叶うとするならば、あたしはただあなたと一緒にいられるだけでいい。その意味で「ずっともしものもしも」=『メルヘル小惑星』は「ヘル」。それで「あたし」は『メルヘル小惑星』=<空想>の世界から飛び出していくことを決断します。(※2)(※3)
『メルヘル小惑星』を飛び出した「あたし」の勢いはすさまじいものです。
「小惑星a.k.aマイワールドから/果ての果てへダイブ」。「手が届きそう」だったのが、「夜空」から「あなた」になっていく。「惑星外は不安定だって/あなたが好きだ/それ以外の気持ち要らない!」というフレーズは、『メルヘル小惑星』は自分で好きなように作り変えられる心地のいい<空想>の世界、だけど、『メルヘル小惑星』の外=<現実>の世界は自分で制御できないことだらけで、不安で怖くて、でもそんなことはお構いなし!という無敵状態をシンプルに描いています。
そして、とうとう「あたし」は「あなた」に思いを告げます。
前半部で、『メルヘル小惑星』=<空想>の世界で「あなた」とずっと一緒にいられることに満足していた「あたし」は、後半部で、『メルヘル小惑星』の外=<現実>の世界で一緒にいてほしいと「あなた」に思いを伝えます。前半部の「星が周るまであなたと、ずっと一緒」というフレーズは、朝が来るまでの夜の間は夢の中であなたと一緒に過ごせる、と<空想>の世界での話。後半部の「惑わぬ星で今度こそ、一緒にいて」というフレーズは、「惑わぬ星」すなわち『メルヘル小惑星』ではない星=<現実>の世界で「今度こそ」「一緒にいて」と直接「あなた」に伝える、と<現実>の世界での話。(※4)
『メルヘル小惑星』は、このように、「あたし」が<空想>から<現実>へ飛び出していく流れが、その内面や行動の移り変わりとともにとても活き活きと描かれています。
作品『メルヘル小惑星』が伝えたいこと
『メルヘル小惑星』というタイトルはとても大切なメッセージを表現しています。
「メルヘル」はおそらく「メルヘン」+「ヘル」の造語、「空想と現実が入り混じった物語」+「地獄」という意味。
『メルヘル小惑星』が作品として伝えたかったことは、「夢や恋や、それを頭の中で思い描くのは嬉しくて楽しいことだけど、ずっとそのままでそれが叶わないのは、実は地獄のようにとても苦しいことだから、その心の声を思い切って外に出してみよう」という、<空想>から<現実>へジャンプする勇気を持つことです。これがまさに、『メルヘル小惑星』がそのストーリーで、ドラマチックかつビビッドに描き出したことだと思います。
そして、それが実は、メジャー1stアルバムのトップバッターをつとめる『ダダダダ天使』や、最初のスマッシュヒット『ディスコミュ星人』など、ナナヲアカリの他の作品群が共通して持っているメッセージでもあります。
注釈
※1:「a.k.a」は「also known as 〜」の略で、「〜としても知られている」の意。
※2:「ずっともしものもしも」=<空想>の世界=『メルヘル小惑星』。
※3:後半部のメロディー部の歌詞は、「夢見てたいと願うとき/もっとあなたが遠ざかっていく/きっと近づくだけ離れるのは/違う星で見上げているからだ」を翻訳していくと、「<空想>の世界であなたを思うとき/たださえ遠い存在のあなたがもっと遠い存在になっていく/<空想>の世界であなたを思えば思うほど<現実>の世界であなたが離れていくのは/あたしの作り上げたあなたと現実の等身大のあなたがどんどん違う存在になっていくからだ」という意味、「ずっともしものもしもでいいなら/心地良いのは逃避メルヘンさ/だけどほんとのもしもがあるなら/全部あなたに使うよ」を翻訳していくと、「ずっとあなたを思っているだけでいいのなら/<空想>の世界に逃げ込むので十分/でも本当に夢が叶えられるのなら/あたしはあなたと一緒にいられるだけでいい」という意味。
※4:「惑わぬ星」と『メルヘル小惑星』の「惑」がかかっている。「惑う星」または「惑わす星」が『メルヘル小惑星』を、「惑わぬ星」が「違う星」または「惑星外」を示している。
歌詞『メルヘル小惑星』
MV『メルヘル小惑星』
下記、後編
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