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極楽の鬼神—鬼滅の刃・童磨考 ① 万世極楽教のシンクレティズム―仏教・道教・隠れキリシタン―

序 『鬼滅の刃』のトリックスター:上弦の弐の童磨

 「現代版の鬼退治」と言われ絶大な人気を誇る漫画作品『鬼滅の刃』には数多くの魅力的な人物が登場するが、筆者の心を掴んで止まないのは上弦の弐の鬼の童磨である。鬼の統領お抱えの十二人の強い鬼の中でも上から二番目の青年の姿の鬼で、圧倒的な強さを見せつけ、序盤から活躍する主人公側の人気女性キャラクターを喰ってしまう。ニコニコと穏やかな笑みを湛えながら残酷な食人をやってのける姿は、強烈な悪の印象を残すと言えよう。しかし同時に、童磨は鬼でありながら、人間社会では江戸中期~後期に両親が興した新興宗教「万世極楽教」を引き継いで教祖を務めており、実際に百年以上の長きに渡って身寄りのない人々を保護するといった慈善事業も行っていた。
 鬼同士が結託して反旗を翻すことを恐れる無惨によって、鬼同士は嫌悪感を抱くという呪いがかけられている。それにも関わらず、明確な感情を持たない童磨にはその呪いも効かないようで、鬼の中でも唯一陽気に喋りまくるキャラクターとして描かれる。お喋りな彼のおかげで、鬼同士の人間関係や主人公側の意外な過去も明かされるため、童磨は言わば古典演劇における道化師としての役回りも果たしていると言えよう。
 筆者は、この童磨という複雑な人物像に投影されたイメージや他のキャラクターとの対比・因縁の重層構造を深読みすることにより、『鬼滅の刃』をより楽しめるのではないかと思い、テーマごとにいくつかの記事を書いてみることにした。第一回目の本記事では、童磨の宗教「万世極楽教」の表象に見られるシンクレティズム(*様々な宗教の要素が習合している状態)的な要素について分析したい。
 なお、以下の文章は何らかの正当性を持った解釈を主張する主旨のものではないため、あくまでひとつの可能性としてご笑覧頂ければ幸いである。
 
<註>
 本記事は基本的に童磨に関して肯定的なスタンスで書かれているため、不快に思われる方はこの時点で引き返して頂くことを勧める。
 また、この文章は2021年2月4日発売予定の『鬼滅の刃公式ファンブック第二弾 鬼殺隊最終見聞録(仮)』の刊行前に執筆したため、ファンブックで追加される公式情報によっては、以下の考察に全面的な修正を余儀なくされる可能性もあることを記しておきたい。

一 童磨の「違和感」

 童磨の造形は「違和感」の塊である。原作11巻の初登場場面では、花魁を袈裟懸けにして食いちぎりながら、瀕死の妓夫太郎・梅兄妹に「命は大切にしなければ」と笑顔で語りかけるという衝撃的な姿で表れ、その異常性が際立つ描写となっている。
 他の鬼と比べても童磨が一線を画した存在であるということは、12巻の所謂「上弦会議」で一層明らかとなる。このパワハラ会議において、上弦の陸が鬼殺隊に討伐されてしまったことを受け、無惨は「くだらぬ人間の部分を多く残していた者から負けて行く」と述べている。12巻の時点で生存している上弦の鬼五体のうち、一番人間に近い容貌なのは童磨であり、頭頂部に染み付いた血の模様と眼球に刻み込まれた数字、そして服装以外は人間だった時の姿と何ら変化していない。さらに無惨によって「鬼は同族同士に嫌悪感を抱き、群れることがない」という呪いをかけられていることが明言されているにも関わらず、童磨は他の鬼との再会を親友との再会のように喜び、馴れ馴れしく絡んではひたすら嫌がられる。一見すると最も人間の部分を残しているように思われる童磨だが、他の上弦の鬼たちも恐れる無惨のパワハラ発言も一向に解さないどころか、嬉々として自分の目玉を刳り貫いて差し出そうとするなどの描写によって、この鬼は何かがおかしいということが示されている。
 そもそも童磨の外見も、少年もしくは女性と見紛うような端正な童顔に、太い眉と筋肉質で大柄な体型という通常なら共存しない要素が共存しており、また人食い鬼であるはずなのに丁寧で上品な物腰と口調、そして菩薩のような微笑みを浮かべている不思議な存在である。聖職者としての雰囲気を醸し出しつつ、どこか淫靡な雰囲気も漂わせる。
 童磨の「違和感」は、彼が教祖を務める万世極楽教の表象においても遺憾なく発揮されている。設定上「鬼がやっている胡散臭い宗教」である万世極楽教は、一見仏教風ではあるが、その表象には色々な宗教に由来する図像モチーフが掛け合わされており、この宗教団体の絶妙な違和感と怪しさが巧みに表現されている。


 万世極楽教の寺院には至る所に蓮華紋様の荘厳が施され、童磨が用いる血鬼術も、蓮や菩薩像といった仏教的なモチーフが多用されている。無限城での童磨戦も、蓮池に木製の橋が架けられた舞台装置のような空間で繰り広げられるが、こちらもやはり浄土変相図などに見られる浄土の描写を彷彿とさせる。これらのモチーフから、極楽教は一見すると仏教の一派であるように思われる。
 しかし、童磨が頭に被る前面に折り返しのある円筒型の帽子は、かつて中国の官僚が被っていた文官帽子に由来しており、仏教美術においては閻魔大王をはじめ、道教系の起源を持つ神格の図像に用いられるモチーフである。極楽に導く立場の教祖が閻魔大王の帽子を被っているとは痛快な「違和感」である。童磨の羽織、そして童磨に仕える側近の男性信者の服装も、仏教のそれというよりは道教の道士の服装に近いように思われる。

教祖帽

童磨の被る帽子(線図:筆者作成)

 一方、万世極楽教には、仏教と道教だけでは説明できない違和感も含まれているように思われる。その違和感の正体について以下に検証したい。

二 万世極楽教の「違和感」

 童磨は幼少期、白橡色の髪と虹色の瞳という特殊な外見(恐らくはアルビノ)から、万世極楽教の開祖である両親に「神の声が聞こえるに違いない」と期待された。本人は物心が付いたときから唯物主義の無神論者であったが、両親及び信者たちの期待に応えて神の声が聞こえるかのように振る舞っていた。結果、幼少期から信者たちに崇拝対象として崇められ、不幸な人々を極楽へと導く精神的指導者としての役割を演じざるを得なかった。
 ところでこの万世極楽教は、江戸後期に童磨の両親によって新たに設立された宗教教団であり、「穏やかな気持ちで楽しく生きる。辛いことや苦しいことはしなくていい、する必要はない」事を教義としていたという(『鬼滅の刃公式ファンブック 鬼殺隊見聞録』97頁参照)。
 苦労せず極楽に行きたい、そのような思想自体は浄土教にも存在する。しかし、童磨の両親はなぜ江戸中期~後期(註:千見氏による『鬼滅の刃』考察年表によれば、童磨の出生年は1717~1782年の間であったと推定される)に、既に社会的に大きな影響力を有していた浄土教系寺院の別院としてではなく、わざわざ新たな教団を設立する必要があったのだろうか。そもそも「万世」という言葉は、諸行無常・輪廻転生を基本理念とする仏教において非常に違和感のある用語である。
 江戸後期の日本に、社会的に可視化されていなかったが確かに存在したもう一つの宗教的潮流として、潜伏キリシタンが挙げられる。室町時代後期、ポルトガル人宣教師たちによって日本での布教が始まったキリスト教は、当初はポルトガル商人との貿易との繋がりもあり快く受け入れられていたが、江戸時代には徳川政府のもとで禁教とされ、激しい弾圧の対象となった。厳しい弾圧の時代、隠れキリシタンの人々は納戸で聖画像を祀る、また一見仏教の尊格に見える像を本尊として礼拝するなどの手段を通して、密かに自らの信仰を貫いていた。
 童磨は「神の声を聞く」役割を望まれていたというが、万世極楽教が仏教教団だとしたら「神」とは一体誰なのだろうか。仏教ならば、如来や菩薩の声が聞こえるという表現になるのではないか。尤も、日本の寺社では神仏習合の信仰形態は珍しくないので、神道の神であったという可能性もあるだろう。しかし、童磨の描写に用いられる図像及びその台詞には、むしろ潜伏キリシタンを彷彿とさせる要素がいくつか観察されるのである。
 そもそも長髪で洋風の着物を纏った外見の童磨の容貌は、剃髪し袈裟を纏う仏僧のそれとは懸け離れている。そして鬼となった童磨の頭頂には、茨の冠のようにも見える血の模様が浮かんでいる。このような外見は、仏教的な聖者のイメージからは程遠い一方で、むしろキリスト像との類似を感じさせる。
 また、童磨の幼少期のシーンの背景には亀甲花菱紋が織り出された染織品が掛けられている(『鬼滅の刃』第16巻、第142話2頁目を参照)。この花菱紋は一般的な花菱紋よりも花弁が細く描かれており、むしろ隠れキリシタンが使用していた、十字架に由来する久留子(くるす)紋を彷彿とさせる(こちらのHPを参照されたい)。原作者の吾峠氏は、作中で着物や染織品の紋様を非常に細かく描き分けているので、この背景の染織品にも何らかの意味が込められている可能性も十分想定し得る。
 さらに、童磨が鬼殺隊に追い詰められたときに繰り出す最後の大技が「霧氷・睡蓮菩薩」であるが、睡蓮菩薩は白衣観音の図像で描かれている。自らの命の危機を感じたときに頼みの綱として出したくらいなので、筆者はこの睡蓮菩薩というのが万世極楽教の本尊であろうと想定している。しかし、もし万世極楽教が浄土系の信仰なのだとしたら、やはり本尊は西方極楽浄土を統べる阿弥陀如来が相応しいのではないか。興味深いことに、白衣観音は隠れキリシタンが本尊とするマリア観音の図像としても用いられていた。マリア観音は単体で表されることもあれば、幼子イエスを胸に抱いた姿で表されることもある。睡蓮菩薩から発出された開敷華の上に坐す童磨の描写は、蓮華化生童子をはじめとする仏教的なイメージを読み取ることも出来る一方で、聖母に守護された神の子としてのイメージの投影を見出せる可能性もあるかもしれない。

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マリア観音( © Wikipedia・Iwanafish氏によるパブリック・ドメインの画像を引用。 https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=5132955 )

 童磨は作中で二回「天国と地獄」という言葉を使用しており、特に今際の際、地獄に堕ちる直前にしのぶと対面した際には「もしかすると天国や地獄もあるのかな?」という発言をしている。仏教の宇宙観において天は多層構造を持つ領域として理解されるが、「天国」という表現は使われないため、やはり違和感を覚える。もしも「万世極楽」の教えを「永遠の天国(ぱらいそ)」の教えと言い換えることが可能ならば、違和感が解消出来る。
 さらに想像を逞しくすることが赦されるならば、多くの読者に衝撃を与えたであろう、童磨によって胡蝶しのぶが命を絶たれる場面は、なぜか天井で展開される。いくらしのぶの突き技が強力とはいえ、童磨のような大男を小柄で瀕死のしのぶが天井まで突き上げるのは不自然な感が否めず、天井というトポスに何らかの意味があるのではないかと勘繰らせる。童磨は天井で花開く氷の蓮華と蔓草によって自らの身体を支えつつ、床へと落下しかけたしのぶを蔓蓮華で天井まで拾い上げて抱きしめ、そのまま死へと至らしめる。この構図に、キリスト教美術の「聖母被昇天」や「聖女テレジアの法悦」などといった、神によって天に導かれる聖女のイメージとの構図的類似を見出すのはこじつけが過ぎるだろうか?

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ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ作「聖テレジアの法悦」(1647~1652年、ローマ、サンタ・マリア・デッラ・ヴィットーリア教会コルナロ礼拝堂。© Wikipedia・aischylos氏によるパブリック・ドメインの画像を引用。CC 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1144216 )

 なお、羅生門河岸の遊郭街にて瀕死となり「人間は誰も助けてくれなかった」と人生を呪っていた妓夫太郎と梅は、通りがかりの童磨によって命を救われ、鬼となりやがて上弦の陸となった。インターネット上の複数のスレッドで指摘されている通り(註:初出は残念ながら確認出来なかった)、彼らの職業は取り立て人と娼婦である。かつてのユダヤ教社会において、娼婦と取り立て人(徴税人)は差別を受けていたが、イエスは「徴税人や娼婦たちの方が、あなたたちより先に神の国に入るだろう」(マタイ福音書21:31)と述べ、彼らに救いの手を差し伸べたという。このことも、童磨及び万世極楽教とキリスト教のイメージの重なりを示す証左の一つと言えるかもしれない。
 万世極楽教は「あまり目立つと叱られるので、これ以上は増えないようにしている」という理由から、信者の数を250人程度に抑えているとされるが(『鬼滅の刃公式ファンブック 鬼殺隊見聞録』97頁参照)、一体誰に叱られるというのだろうか。鬼殺隊の目を避けつつ人間社会に擬態して潜伏している無惨だろうか。しかし、同じく人間社会に潜伏中の部下が勝手にミスをして鬼殺隊に襲撃されたところで無惨が気にかけるとも思えず、また無惨の名前を口に出すと死ぬという呪いにより、例え童磨が狩られたところで無惨の居場所が割れる心配はない。恐らく童磨が気にかけているのは、無惨ではなく政府ではないだろうか。万世極楽教は設立当初から、敢えて都市部ではなく辺鄙な山奥に寺院を構えているらしいことからも、あまり目立たないように宗教活動を行うという意図を持っているように思われる。童磨の生存年代とも重なる明治初期の廃仏毀釈においては仏教も弾圧の対象だったため、万世極楽教が仏教寺院であった可能性も十分にあるだろう。しかし、上述の諸々の理由から、万世極楽教は江戸時代からずっと弾圧の対象であった潜伏キリシタン系の集団だったという可能性もあるように思われるのである。

 ここまで様々な言葉を弄してきたとはいえ、筆者は万世極楽教=隠れキリシタン教団であると断定する意図は全くない。それよりも、作者の吾峠氏が仏教・道教・隠れキリシタンの美術伝統を彷彿とさせる設定と図像を巧みに混淆させながら引用することにより、「江戸~大正時代に存在した謎の宗教集団」に説得力のある造形を持たせていることに、図像学の一研究者として感嘆の念を覚え、惜しみない賛辞を贈りたいのである。

結びに代えて

 童磨は幼少期から感情の起伏も薄かったことに加え、一般の人間とは聖別化された存在として祀り上げられてしまったため、精神的な成長が良くも悪くも無垢な「童子」の状態で停まってしまったように思われる(なお「童磨」という名は彼の本名ではなく鬼化後に無惨が名付けたものであるため、無惨はそのような彼の本質を見抜いていたのかもしれない)。誰よりも感情豊かであるかのような振る舞いをしていること―それはしばしば道化師のように滑稽に見えてしまうが―、心が綺麗だという伊之助の母・琴葉を寿命が尽きるまで傍に置こうとしていたこと、死に際に自身の死に対してさえ何の感情も湧かないことに対して「人間の感情というものは俺にとって他所事の夢幻だった」と自嘲していることなどから、童磨がその百数年に渡る人生を通して探し求めていたのは、戦闘や殺戮の愉悦などでは決してなく、ただ「心」だったのであろう。
 姉の仇である童磨を倒すという執念から一年に渡り藤の花の服毒を続け、自らを喰わせるということで童磨を毒殺した蟲柱・胡蝶しのぶは、その名が示すように蝶がモチーフとなっている。蝶はギリシャ神話においてプシュケー(魂)の象徴である。しのぶを体内に取り込むことで、童磨はしのぶが運んできた魂をも手に入れて、生まれて初めて真に人間らしい存在になれたのかもしれない。しのぶの行動は純粋なる憎しみから発されたものであったとはいえ、今際の際に、ずっと求めてならなかった魂の震えと心の高鳴りを手に入れることが出来た童磨にとっては、至高の救済をもたらした聖女であったとも言える。「甘き死よ、来たれ(Komm, du süße Todesstunde)」という言葉が彼ほど似合う人物もそうはいないだろう。

(最終更新日:2021年1月27日)

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