「今」が一番強い、はずだ

今日も大学の新入生企画に行ってきた。前回行った時の感想はこちら。

共通点じゃなくて、新しい発見が欲しい

今日は前回ほどイラつきませんでした。文系理系という分け方で区切られることはなかったし、やりたいことについて話せたし聞けたからかも知れません。あとやっぱり読書とアイドルの話ができたからかな!!宮沢賢治と小川洋子が好きですって言ったら「銀河鉄道の夜」や「人質の朗読会」についてたくさん聞かれたし(相手が「人質の朗読会」を読んでいる途中だったらしい)、「Perfume→キャンディーズ→sora tob sakana、Maison book girlという流れではまっている(本当はもっと色々間に挟まっているけど)」という話もできた。「sora tob sakanaはオサカナって呼ばれているんですけど、曲が良いんですよ!! 『宝石の国』っていうアニメの主題歌を作っている方が曲を作っていて、めちゃめちゃかっこいいんです!!」と言っていた私は「ガチのドルオタ」だっただろう。そのあと「欅坂は好きなの? ももクロは?」って聞いてきてくれた子には申し訳ないと思っている。ごめんなさい。興味あるものにしか興味を示さないんです。あとこれ以上推しを増やしたら心が破産します。たくさん抱えているので。私は好きなもの全てに全力でオタクを発揮したいんです。手は抜きたくないんです。あと、ハイキュー!!とヒプノシスマイクの話はできなかった……とりあえずMacBookにヒプノシスマイクのステッカーは貼ったしスマホにハイキュー!!の谷地さん(烏野高校のマネージャー)のラバーストラップをつけているのでいつでも語る準備オーケーですけどね!!

他にも同じサークル(文芸サークル)に入りたいと言っていた同じ学部生を見つけて話したり、やりたい学問について語ったり、楽しかったです。

そして帰り道、駅のホームで電車を待っている時に私は気づいてしまった。

「コート着てくればよかった」と。

朝は割と暖かかったから帰りもそのくらいだろうと高を括っていたら、予想以上に寒かった。春用のストールを巻いても、風は冷たかった。

何で私はコートを着てこなかったんだろう。そこらへんに掛かっていた薄い上着でも引っ掴んで出かけていたらまだマシだったんじゃないだろうか。

電車の中で昨日買った本(清川あさみさんと最果タヒさんの「千年後の百人一首」)のページを繰りながらも寒さに震えていた。何でコートを持ってこなかったのか。寒い。冷たい。もう嫌だ。何で他の人はコートを着てくるのを忘れて死にたくなったりしないんだろう。するのかな。今なら太陽が眩しいからという理由で人を殺すのも不思議ではないと思える。

電車を降りて家へ向かう帰り道、風が絶え間なく吹いてきてどんどん手足が冷えた。どんどん絶望的な気持ちになった。家に着く頃にはすっかり暗澹たる気持ちだった。

あんなに楽しい一日だったのに、コートが無かったためにこんなにも落ち込んでしまう。あのワクワクが、ドキドキが、寒さに対する絶望の現在によって過去にされてしまう。自分の過失はともかく、それはとても自然なことに思える。きっと「今」に近いものが力を持つ、はずなのだ。内容の良し悪しや重要度、好き嫌いはともかく、TwitterのTLのようにリアルな時間に近いものが強いはずだ。たった今私に接続された寒さ、風、は、和気藹々と楽しかった時間を押しのけて私の「今」に座り込む。ある意味、とてもフェアだ。だから現在やリアルを切り取る、描くというだけで、過去の名作に向かっていくことさえできる。私の感じる寒さは、どんな細やかな文章よりも絵よりも映像よりも真に迫ってくる。当然といえば当然だが、もしかしたらこれが過去に立ち向かう術なのかもしれない。

と、そうこう言っているうちに私は家の中でぬくぬくと暖まり、あの寒ささえ過去になってしまったのである。

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