擦り火

前河弘(12)裏に住む子供
前河弘(45)成人
前河勉(32)弘の父
村田靖(27)警察官
村田靖(60)警察官
吉峰純子(10)表の家の娘
長谷川純子(43)旧姓、吉峰
吉峰宏志(33)純子の父
吉峰エミ子(31)純子の母
吉峰エミ子(64)
小池絵子(10)純子の遊び友達
岡本絵子(43)GSの事務員
川口守(56)GSの専務
前河よう子(30)弘の義母
警官A(30)
警官B(28)
女性従業員A(24)GSの従業員
子供A(4)前河の子供


○吉峰家、裏庭、昭和31年(夕)
   吉峰純子(10)は、小池絵子(10)と遊んでいる。
純子「お腹が減ったわ、内緒で梅干し食べに行こうやぁ」
絵子「そうじゃなぁ、ひもじーなぁ、行こうやぁ」
   純子は立ち止まる。
純子「あれなんなぁ?」
   純子と絵子は、隣家の境に干してあるつい立ての藁の束から
   赤い火と煙が上がっているのを見る。
純子「わっ!火事じゃ、火事じゃ!!」
絵子「火事じゃ!」
   純子と絵子は大声で叫ぶ。
   吉峰宏志(32)が桶を持って駆けつける。
吉峰「どこじゃーーー?!」
純子「父ちゃん、藁が燃えよぅるわ!」
   吉峰は藁を吊るしていた木を足で蹴倒し
   持っていた桶の水で火を消す。
吉峰「だれならや!火をつけたんわ!!」
   隣家の庭から、前河弘(12)が
   マッチ箱を握り、純子と絵子を見ている。
純子「弘ちゃん…?」
絵子「ええつは怖ええ、見るなや純ちゃん」
   藁でできた隣家の暖簾が開いて、前河勉(38)が
   ニヤニヤ笑いながら出てくる。
   前河勉は、弘の肩を抱き、押しながら家の中に入る。
吉峰「誤りもせず、家に隠れやがって」

○前河家内(夕)
   前河勉は、六畳一間の居間に弘を投げ倒す。
   床にあるドブロクを拾い、飲みながら、弘を何度も蹴る。
   マッチ箱を持ったまま弘は頭を抱える。
前河勉「なにしやがるんでぃ!ウチが燃えたらどがんするんでぃ!」
   前河よう子(30)が前河勉に縋り付く。
よう子「もうやめてぇな、私といくら血の繋がりがないとはいえ、可哀想じゃ!」
前河勉「ええんじゃ、コイツはカスじゃ、穀潰しじゃ!前の女とよぅ似とる!」
   家にいる四人の幼い子供達が一斉に泣き出す。
前河勉「うるせい!泣くな!」
よう子「おねげぇじゃ、やめて〜」
   前河勉はよう子の腹を蹴飛ばすと、よう子はぐったりして動かなくなった。
子供A「母ちゃん!」
   弘は握りしめたマッチ箱に気づく。
   中からマッチ棒を出し、擦って、前河勉の前に捨てる。
   赤い炎が藁とトタン板をみるみる間に焼いていく。
前河勉「オリャッ!!何しょんじゃこりゃ!」
   弘は一人で家を逃げ出す。前河勉は入り口にたどり着くが伏せて倒れる。
   吉峰は、隣家から煙が上がるのを見る。
吉峰「あぁ、なんちゅうことしでかすんじゃ‥」
   吉峰は急いで通報し、警察と消防車が来る。
   茫然と赤々と燃える家を見ている弘。
   弘はその場で警官達に取り押さえられる。
村田靖(27)「こんな子供が火遊びするんかぁ!」
   村田は警官帽を直し、弘の手からマッチを奪う。
   吉峰は、純子と絵子の肩を抱いて離れる。
   絵子は後ろを向き弘を指差す。
リカ「コイツは純ちゃんの家を燃やそうとしたんよ!牢屋に入れてよ!」
   村田はしゃがみ、弘の真っ黒な顔を手ぬぐいを出して拭く。
村田「何があったんなぁ、ほんまにそうか?」
   前河弘は警官姿の村田を睨む。

○ガソリンスタンド、事務所内、平成元年(朝)
   岡本絵子(旧姓・小池絵子・43)はガソリンスタンドのパート事務員になる。
   川口守(56)から前河弘(45)を紹介される。
絵子「弘君、お久しぶりね、ここの従業員だったのね」
前河「……」
   前河は目を逸らしている。
川口「他の事務員に岡本君を紹介するから…」
   川口は事務所から出る。
絵子「私の母から聞いたわ、少年院に行ったんだってね」
前河「………」
   絵子は前河に近寄る。
絵子「アンタの父母と兄弟達は、アンタがやった火事でみんな死んじゃったもんね」
   絵子は前河の顔を覗き見、笑う。
   事務所の出入り口の裏に川口がいる。
   川口が事務所に入る。
川口「岡本さん、ちょっと、みんなを集めたから紹介しよう、来なさい」
絵子「はい、川口専務」
川口「前河君には、後で話があるから、専務室まで来なさい」
前河「…はい」

○ガソリンスタンド、喫煙所
   前河は、震えながら煙草を口に咥え、マッチを擦る。
   火が中々つかない。
   何度もマッチを擦る。
   従業員は、前河を遠くで見てヒソヒソ話をする。
   前河は背を向け、煙草をふかす。手の震えが止まらない。
   マッチ箱をぎゅっと持つ。
従業員A「前河さん、灯油を入れて欲しいのだけど…」
前河「ワシは今日でクビじゃ。ほかのんに頼めぇ…それから…絵子に伝えとけ、ワシが五時に駐車場で待っとるけぇの」
従業員A「は、はい」

○ガソリンスタンド、駐車場(夕)
   絵子が恐る恐る来る。
   前河は軽トラックの助手席のドアを開ける。
前河「乗れや」
絵子「な、何の用?」
前河「頼む、助手席に乗ってくれぇ〜」
絵子「い、イヤよ」
前河「オマエの話じゃ。みんなに聞かれとぅない、頼むのぅ」
   絵子はハッとする。
絵子「す、少しだけなら…イイわよ」
   絵子は助手席に乗り込みドアを閉める。
   前河はミッションを動かし、軽トラックは全速力で走り出す。
絵子「ちょ、ちょっとぉ!!何してるの?降ろして!」

○鳶羽山スカイライン、山道(夕)
   前河は前を向き、顔中に汗をビッシリかいている。
絵子「ギャーーーーー!!」
   軽トラックは、細く曲がりくねった山道を全速力で走る。
   絵子はドアやフロントガラスにぶつかったりしている。
絵子「オロセッ!!オオオロロセセセ!!ギャーーーーーーー!!」
   前河は前を向いて目を見開いて乱暴にハンドルをきる。

○鳶羽山スカイライン、山道路肩(夜)
   前河は、軽トラックを停め、助手席の絵子の腕を掴んで引きずり降ろす。
   絵子はぐったりしている。
前河「オメェには、そこそこ腹が立つのぉ。どうしちゃろうか?」
   前河は軽トラックの荷台から新聞紙を降ろして
   マッチを擦って火をつけ草むらに投げる。
   瞬く間に火は森林に燃え広がる。
   森林の下にガソリンスタンドが小さく見える。
前河「…」
   パトカーのサイレンが聞こえる。
   前河は、絵子を担ぎ山林へ歩く。
   車のドアの音がして、警察官、村田靖(60)が前河に近づく。
村田「オマエは…」
前河「…」
   前河は、目覚めた絵子を路肩に降ろす。
絵子「フフフ‥こんな事もあろうと、私がガソリンスタンドの人に頼んで通報しておいたのよ。お巡りさん、助けて、コイツに殺される」
   前河は警官Aに手錠をかけられ、パトカーに乗せられる。
村田「大丈夫ですかい?」
   村田は絵子に肩を貸す。
村田「あなたがあの男を追い詰めたのではないのですか?」
絵子「そんなことないわ!アイツは人殺しよ!放火魔よ!アタシは被害者なのよ!」
村田「やれやれ…オマエさんは昔と変わらんなぁ」
絵子「極刑を頼むわ、アタシをこんな目に遭わせて、許せない」
   絵子はタンカで救急車に運ばれる。
警官B「マッチ箱を見つけました」
村田「ご苦労サン、鑑識にまわしとくれ」
   消防車が消火活動をする。
村田「あの日のことを思い出すのぉ、ワシは何もしてやれんかった…
 更生ってなにかのぅ…」
 
○吉峰家内、玄関
   長谷川純子(43)は実家に、一人の子供を連れて居る。
   吉峰エミ子(64)が来る。
エミ子「純ちゃん、お帰り。大変よぅ!」
純子「ただいま。母さん、どしたん?」
   エミ子は抱きついてきた孫をあやす。
エミ子「ウチの裏におった、弘ちゃんがまた警察に捕まったんじゃて」
純子「まぁ、今度は何したん?」
エミ子「放火じゃて、今朝の新聞に一面で出とったわ」
純子「ほんまぁ」
   純子はうなだれる。
純子「一緒に遊んだことなかった、弘ちゃん…いっつもマッチを持っとって、温もりが欲しかったんかなぁ」
エミ子「いいや、そうじゃねえ。宏志さんが嫌よぅたわ、前河勉さんを…ありゃあ親が悪りぃ。」
純子「そうじゃったん?」
エミ子「純ちゃんも、人の親なんじゃけ、子供の心に愛情を教えてやらにゃあいけんで、それができるんは、唯一、親だけじゃ」
純子「母さん、分かったわ」
エミ子「さぁ上がんねぇ、おやつ食べようねぇ」



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