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#49' 「泥の河」の将来('23.8.30)

 先日のnoteで映画The Roseのことを書いたら、その映画を初めて観たときのことを思い出した。それは、とある地方にある大きな工場の独身寮の一室で、社会人1年目の私は研修で半年をその工場と独身寮で過ごした。と言っても映画を観たのは自分の部屋ではなく、そこで知り合ったKさんの部屋だった。Kさんはその工場に勤務する私より何歳か年上の男性で、黒縁の眼鏡をかけた笑顔が人懐っこい、ちょっとふにゃっとした、見るからに文科系という感じの人だった。きっかけは忘れたけれど、知り合って程なく部屋に遊びに行くようになると、部屋にはマニアックな映画のレーザーディスクがたくさん並んでいた。昔は何人かの相部屋だったであろうスペースを贅沢に使いながら、暗く雑然としたその部屋は、昔キャンパスに残存していた古い学生寮を思い出させた。
 そこで観せてもらった映画の一つがThe Roseで、他にもいろいろ観せてもらった中でもう一つよく覚えているのが「泥の河」だ。宮本輝の小説を'81年に映画化したもので、小栗康平の第1回監督作品だ。後年、宮本作品はほとんど読破したが、当時は未読で映画を先に観た。昭和30年代初頭の大阪の河口を舞台にした物語で、のぶちゃんときっちゃんという二人の少年が出てくる。映画を観終わったとき、何故か二人の少年の将来が鮮やかにイメージされた。のぶちゃんは小説家に、きっちゃんはロックスターになりました、というものだ。宮本作品を読んでみると、のぶちゃんには本人が投影されているようなので、小説家の方はまず正解と言えそうだ。きっちゃんがどうなったのかは残念ながら分からないけれど、清志郎みたいなロッカーになっていたらいいなあというのが私の勝手な願いだ。あ、きっちゃんは関西弁か…。
 既に定年となって退職したKさんとは、今でも年賀状のやり取りをしている。あの独身寮は今どうなっているのだろう?そう言えば、もう一つあの部屋で観た映画を思い出した。市川崑監督の「股旅」!脚本は谷川俊太郎だったのか。青春の不条理劇、萩原健一のラストの台詞が良かったなあ。

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