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26 9月14日の朝

 9月14日の朝にはいつも騙される。
 ダンボ-ルを積み上げた6畳の隅でそう思う。
 ついこの間まで、もうたくさんという程の残暑が続いていたくせに、ふと気づくと、いつの間にかしっかりと秋になっている。さも、あなたがぼんやりしていただけだとでも言うかのように。
 毛布の1枚位残しておけばよかったと思うが後の祭りだ。几帳面な割に間が抜けている。きっとせっかちなのがいけないのだろう。
 結局、この線路沿いにあるひどく不便な寮には2カ月しかいなかった。もともとそういう類は好きではなかったのだが、配属がまだ分からないというので仕方なく引っ越してきた。出向を命じられたときもそうだったが、住む場所も自分で決められないとは、なんと情けないことだろう。尤も、そんなことをブツブツ言うのは、サラリ-マンとしての自覚が足りないというだけのことなのかもしれない。

 一年前の今朝もそうだった。
 遮断機の手前に取り残された僕は、駅の階段を駆け登っていく彼女を呆然と見送ったあと、しばらくそこに立ち尽くしていた。なんとか気を取り直して歩き出してはみたものの、当てなどあるはずもなかった。
 でたらめに歩いていくと大きな公園に出た。野球場では少年たちが試合をしていた。ユニホ-ムが歩いているような男の子のスイングは、かわいいがボ-ルを捕らえることはなさそうだった。隣のコ-トでは何組かの男女がテニスをしている。規則正しいリズムで走り抜けていく老人。犬を散歩させるおばさん。世界は問題なく動いている。ただ一人、僕を除いては。
 山の上のベンチに横になると、ひどく疲れていることに気付いた。

 寒さで目が覚めた。眠っていたらしい。もう秋なのだなと思った。大きな木の枝を下から眺めるのは不思議な気分だった。
 どうしてこんなことになってしまったのだろう?ほんの少し距離が離れただけなのに。たった1年だけのことだったのに。いつも一緒でなければだめなのだろうか?一緒に過ごしてきた時間は何だったのだろう?全部僕が持たなきゃいけないのか?相手に半分を期待するのは間違いなのだろうか?
 きっと、こんなことを考えること自体、間抜けな男の証明なのだろう。要は若いということだ。欲しいなら持てばいい、それだけのことだ。
 どうしてあの時、遮断機をくぐり抜けて彼女を追いかけなかったのだろう?いや、追いかけることができなかったのだろう?咄嗟に力が入らなかった。きっと疲れていたのだ。心のどこかで、もう諦めていたのかもしれない。無意識の内に、漠然とした”未来”なんていうカラッポな言葉をもてあそびながら…。

 窓の外を始発電車が通り過ぎていく。
 少し眠ろう。
 目が覚める頃には日差しも暖かくなっているはずだ。


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