まっしろ

2023年も、もうすぐ終わろうとしている。
今年は色んなことがありすぎて、なんだか濃いなぁって感じる一年だった。
暮らす環境が変わり、生活が変わり、変わらない友が残り、新しい歳の離れた歳上の友も出来た。

一般的に平凡で幸せなのだろう。
だけど、不思議な孤独感も増した。
歳を重ねたからなのかな?なんて思ったり。

作家の友人が詩集を創っていた。
私は印刷されて出来上がるまでの工程をただ眺めて、また何かを書きたいな、なんて思っていた。
友人は出来上がったばかりの詩集を、まるで生まれたて、ほかほかで真っさらな子どもを見つめるように目を細めた。
とっても綺麗な詩集だった。
完成記念にあたたかな珈琲をご馳走した。

わたしの最近は、こどものようにいつまでも成長しない自分、変わらない自分がこの先どこに向かってるんだろうとわからないまま、挨拶の品を親戚や友人にせっせと送ったりと大人のように振る舞ったりで、まるで形式にとらわれているように思いながらも、これが大人ということなのかな、とも思った。やっと少しだけど、年齢の数ではなく、大人になれたのかも。
ホワイトゴールドの指輪も、伸ばしている髪も、思い切って手に入れた新しいお着物も。
来年には着物を着て鎌倉を歩いてみたい。

今年の9月、お世話になった方々と登山して、たまたま被っていた帽子に黄色の蝶々がとまり、ずっと帽子に蝶々をつけたまま一緒に歩いてた日があった。
そんな時も皆でこどものようにはしゃいでしまったし、なんだか自分は何も変わっていないように思う。

今年は暑くてなかなか葉が色づかずに、少しだけ赤くなった紅葉が風に揺れ、近くには枯れて茶色く焦げた影になったような木があった。
夏なのか、秋なのかよくわからない不思議な秋だった。
持ってきたウインドブレーカーをバックから取り出す機会もなく、真夏のような格好でひたすら大きな石の上や、せせらぎの川や、泥の山道を歩いた。運動神経のいい友達も誘ったが、元気にぐんぐんと登っていて追いつくのが大変だった。

山頂のビアガーデンで乾杯して、からからの喉を美味しいビールで潤し、美味しいご飯を食べてからゴンドラで下山した。

秋は、友達が出店する東京ビックサイトのデザフェスへ初めて行った。
噂のマフィンはお目にかかれずにちょっと残念だったが、友人の作った可愛い手作りのイヤリングや小物を購入できたから大満足した。
わたしもいつか、デザフェスへ出展してみたくなった。

デザフェスでは白い小さな置き時計も購入した。作家さんはお家を工房にして、時計を作り続けて、デザフェスの時だけ出てくるらしかった。まるで仙人のような職人のような人だった。

私はいくつも並んだ壁にかけられた時計たちを眺めながら、表情が描かれたユニークでカラフルな雰囲気だったり、時計の秒針と同時に針金でできたくるくる回転する花飾りの上を、小さなビーズが滑り落ちるところが面白くて、立ち止まっては飽きずにずっと眺めていられた。

小さなまっしろの置き時計は、お気に入りのカウンターの上に飾った。
最近はたまに時計が止まったり、気づくと飾りの針金が飛んでしまったりすることがあって、そういう時はもとに戻してあげるとまた上手く回りだす。
なんだかそのポンコツ具合が、自分と重なったりする時があるし、また少しずつ時が進むのを見守り眺めている。

冬は友人たちの影響があって、ひさしぶりにエッセイを書きたくなり、2作品だけ公募に応募してみた。
もしも何かの賞をとったら奢ってね、と言ってくれた優しい友人がいたので、願掛けしつつ郵便局へと持っていった。
もしも賞が取れたら、美味しいご飯を奢ってあげたい。

☆*KOKAGEの拙い文章にサポートしてくださる方へ*☆ いつもありがとうございます* 文章はまだまだですが、日々の日記が少しでも何かのあなたの発見につながれば幸いです。文章であなたに出会えたことに感謝いたします。