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映画『幻の蛍』を鑑賞して。


7月10日、この日は快晴で、わたしの映画館へ向かう足取りも、吹いていく風もどこか軽やかだった。

映画館に着くと会場には沢山の人が集まり、上映時間を今か今かと楽しみに、皆が心待ちにしているようだった。
わたしもそのうちの一人で、わくわくしながらその時が来るのを待っていた。

指定席に着き、映画が始まるやいなや私はスクリーン越しに見た情景に思わず息を呑んだ。
誰もいないガランとした青のプール。
それは、どこかで見たことのある懐かしい夏の記憶の断片だった。
夏になるとこの青色を見るのか、過去を振り返るとこんな夏の色で回想されるか、その色の在処をどこかでふわふわと漂うように探していた。

気がつくと、私は主人公のかなたになってしまったかのように、映画の中に惹き込まれていくような不思議な感覚をうけた。

暑い夏の蝉の鳴き声、友達とジャングルジムや高い場所によじ登ったり、ランドセルを持ち合う遊びをしたり。
あの頃を思い出して、なんだか顔が自然とほころぶ。

映画の主人公・かなた(中学生)と妹のすみれ(小学生)は両親の離婚がきっかけでそれぞれに引き取られ、もう半年も別々に暮らしていた。

ふたりは久しぶりの再会にも関わらず、すみれが蛍を見に行こうと誘っても、姉のかなたはどこか浮かない表情だ。天真爛漫であどけないすみれに、かなたは微かな怒りを内包したような表情で、なかなか妹に笑顔を向けられずにいる。

物語は静かに進む。緑あふれる富山の夏の風景も、日々の中の何気ない人々の会話も、まっさらな青い空も、田舎の静かな家の佇まいも、おばあちゃんと一緒に腰掛ける縁側から眺めた夜空も…。

現実はきっと何一つ変わらない夏の風景のはずなのに、この夏はかなたの目にどう映っているのだろう。
いつもと違った景色のように映っているのではないか、と感じずにはいられなかった。

わたしも歳の離れた妹がいるが、私たち姉妹もそれぞれに家族の中での立ちまわりがあり、時に協力することもあれば、お互いに主張しあいたいだけの時もある。
仲良い日もあれば、絶妙な距離感を保つ日もある。
大人になってこそ、だいぶ折り合いをつけることができるようになったものの、思春期の頃は特に、わたしはかなたがすみれに抱くような、見えない溝を妹に対して感じてしまうこともあった。それは妹も同じように感じていたと思う。

かなたとすみれの二人は離れ離れに暮らし、お互いの環境や日々何を食べているかも、両親が繋ぐ言葉だけではほとんどわからないことの方が多い日常のはずだから、なおさらわだかまりが根深いように感じられた。

そして、それをかなたは必死ですみれに悟られないようにと、懸命に冷静に振る舞っているかのようにも見える。

でも、すみれはただ子どもらしいだけではなく、とても勘の良い子で、一人で何でも完璧にこなそうとするかなたのことをよく見抜いているなと感じた。
少しでもかなたに笑顔になってもらおうと明るく振る舞ったり、ひと夏の楽しい思い出を一緒に作ろうと、すみれなりの工夫が物語の随所に散りばめられている。

わたしが映画を観て涙が溢れ止まらなかった場面がある。それは、すみれのかなたへの想いがとても健気で、一途だと感じた場面だ。
その時、かなたの嬉しそうな表情を浮かべているのを見て、私はいつのまにかホッとして涙を流していた。
いつの間にか、すみれがわたしの妹と重なっていたからだ。
今までにない程、自分の過去の思い出と重なっていたし、心の奥でいつの間にか置き去りにしてきたものが癒やされたようにも感じた。

この映画の中でわたしは注目しているポイントが沢山ある。
その中でも、親子で向かい合って食べるラーメンやおばあちゃんが揚げてくれたあつあつのメンチカツ、隣り合わせで食べるかき氷などなど…、美味しそうな食事のシーンがたくさんあるところだ。

この映画を見終わって、たくさん涙を流した後に、真っ先にラーメンを食べに行きたいと感じるほど、親子ですするラーメンが美味しそうだった。(富山ブラック食べてみたい。)

この物語の脚本家は、伊吹一さん。
伊吹さんはnoteでほぼ同時期に登録し、わたしは当時から伊吹さん特有の世界観やまなざしで綴るエッセイや文章のファンだった。(今もnote更新を楽しみにしています。)
他にも伊吹さんは会話劇などを書かれていて、今回の『幻の蛍』はそんな伊吹さんの優しいまなざしが込められた脚本が初めて映画化された作品になった。
それはわたしにとっても、とても嬉しいことで存在に励まして頂いた。

わたしには冬になると何度も観たくなる映画がある。
それは『真白の恋』という映画なのだが、冬のキラキラが込められた素敵な映画で、この映画を観てからいつか富山に一度は行ってみたいと思うようになった。

今回、初の長編映画監督をつとめられた伊林侑香監督は、なんとこの『真白の恋』でも演出助手をされていたと知りとても驚いた。

真白と油井くんの恋を後押ししてくれる雪菜ちゃん役の岩井堂聖子さんが、『幻の蛍』ではどこか掴みどころのない面白い発想やことばでかなたと会話する場面が印象的な絹川先生役で出演され、ずっと思い入れのある役者さんだったので、実際にお目にかかれて嬉しかった。
真白の優しいお母さん役だった山口詩史さんも、子どもたちをあたたかく見守るおばあちゃん役として今回は映画に出演されていた。

役者さんは皆さんどの方も役柄がぴったりで本当に素敵な方々だった。『幻の蛍』を観る中で、役者さん方の細やかな表情や、何気ない日常に溢れた会話にも注目してもらいたいと感じた。

まだまだ本当は伝えたい魅力がたくさんある映画『幻の蛍』。

これ以上はネタバレになってしまうかもしれないのでここでは書ききれないことや、姉妹が無事に蛍に会えるかどうかも含め、映画館へぜひ足を運んでご覧になってほしいと思えるような、そんな素敵な作品です。

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