高校生の記憶よどこへ

私は基本的に記憶力があまり良くなくて、昔のことをすっかり忘れてしまっていることがよくある。
それがコンプレックスだったりする。

高校の時に同じ弓道部だった友人と遊んだ時にも「こんなことあったよね」「●●(私のこと)はこんなこと言っててウケたよね」みたいな話になるのだけど私ときたら自分の話をされていると思えないほど全然ピンとこないのだった。

私自身の記憶はどんどん上書き保存されて昔のことは消えていくのに、友人たちの記憶は別名保存でファイル名順にきちんと整列しているようでうらやましい。

学生時代のなかでも特に高校の弓道部の時の記憶は自分でも不思議な程、ごそっと抜け落ちている。同じ部活だった友人とはいまだにしばしば遊ぶほど仲が良く、当時も青春まっさかりで毎日箸が転んでも笑い転げていたお年頃のはずなのだ。

それなのに私ときたら、
夏の合宿のことや他校との練習試合のこと、顧問の先生や先輩や後輩のこと、
そのどれもがほとんど思い出せずみんなの話に全然ついていけないのだ。

貴重な青春時代の記憶がすっぽりなくなってしまっていることは結構ショックである。

なんでこんなに当時の記憶が抜けているのか考えてみた時にひとつ思い当たるのは「主体的じゃなかった」ということだ。

兄が通っていた公立・共学・私服の高校に行きたかったけれどあえなく受験に失敗し、3人兄弟のなかで私だけ私立・女子高・制服の高校に行くことになった。

高校で初めて出来た友達から誘われたので弓道部に入り、言われるがままに弓具一式をそろえた。(これが結構高い)
特に何部に入りたいというのもなかったし、武道なんて選択肢にもなかったけど誘ってくれた友達のことも好きだったし、そういう偶然も「ま、いっか」と思ったのだ。


弓道は集中力がつくスポーツと言われているけど、私の集中力と弓道で必要とされる集中力がうまくシンクロしなかったようで、私は弓道が全くうまくならなかった。

先輩たちはインターハイに行くほどなかなかの強豪校だったし、私も根が真面目なので休むことなく毎日部活に行っていたのに一向に技術は向上しなかった。あの小さな的に矢を当てるコツがいつまでたってもわからなかった。

どちらかというと練習試合で行く会場の付近にあるブックオフで好きな漫画を買い込むことの方が楽しみだった。だからその時、私はくらもちふさことかいくえみ綾とかの漫画を、友人は岡崎京子の漫画を買っていたことはよく覚えている。少ないおこづかいのなかでどの作品を買ってまで手にいれるべきか真剣に悩んでレジに持って行っていた。

大事な部活のことは忘れているのに、割とどうでもいい周辺情報は覚えているのである。

あくまでも今振り返ってみて思うことだけど、私は弓道部だった時に自分の頭を使って主体的に取り組むということが足りなかったのかもしれない。周りの流れに身を任せて楽しく過ごしていた。
だから高校時代のなかで結構な時間を割いたはずの部活のことは抜け落ちて、割とどうでもいいような、けれどその実私の性質を如実に表しているような小さなことは覚えているのかもしれない。

青春時代ってあっという間に過ぎてしまうからみんなこんなものなのだろうか?


その後私の記憶力は大学から回復を見せる。

自分が興味を持ったことを勉強したくてそういうことが学べる大学を選んで入った。
主体的、だったと思う。
大学祭の実行委員をやったり、仲間と起業のまねごとのことのようなことをやったり、自分が選択したことをやっているから当たり前だけど忘れにくい。

その後も自分が入りたいと思って入社した広告の会社で自分が担当した何十個かの広告を社内のどのデザイナーが担当したかどこの印刷会社に入稿したかとかそういうことは何度か転職しても忘れていない。


私の記憶の容量はきっととても少ないから、すぐに溢れてしまうようにできているのだ。今過ごしている日々も毎日桶からどぼどぼ水をこぼしながら進んでいるような状態だ。
そのことは少し悲しいけどそういうスペックなのだから仕方ない。
ただできるだけどんなことも忘れたくないから主体的でいようと思う。

あとは友人を通して知る当時の自分のエピソードを他人事のように聞いて記憶を補完していくしかない。

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Eriko April

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