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主人公でなくてもかまわない

「自分が自分の人生の主人公だから」

この言葉。わりとよく聞くし、間違ってるわけではないんだけど、なんだかわたしにはしっくり来ない。
だってわたし、主人公の感覚があまりない。
なんなら脇役でちょうどいいとさえ思っている。

たぶん人間には主人公になれる人・なれない人の2種類のタイプがいる。
周りを見渡してみた時に、主人公感覚で生きてる人は確かに存在していて、その感覚が才能や容姿への自信から来るものかというと、必ずしもそうではないような気がする。

同僚女性のSもその一人。
自らが主人公であると思える人は自己肯定感がすごい。
これは育った環境が影響しているのだろうか。
「自分が嫌われてるかも」とか「あれ、この話みんな興味ない?」とか不安に思ってない。
「私が楽しかったことを話しているんだから、みんなも楽しいはず」と信じて疑わない。
仕事はそんなにやる気がないSだけど、いつもとても楽しそう。
「去年のハロウィンは○○と一緒でこんなことがあってめっちゃおもしろかった」とか「ディズニーランドの近くに引っ越したい」とか、その場にいる人たちが知らない人物が登場してきたり、そのことに全く興味を持っていないとしても、話している本人はとにかく楽しそうだったりする。
それは一種の才能だなあと素直に感心してしまう。

“主人公感覚ではない人あるある”をあげるとすると、集合写真を撮る時に端に行きがち、である。クラスの先生が一番前の一番真ん中に位置するとして、その周りに臆することなく行けるのは、きっと主人公感覚の人たち。わたしは三列目の端ぐらいにいる方がポジションとして落ち着く。

あと、これもあるあるだけど、仕事に関しても自分の作ったものが評価されるのはとても嬉しいけど、その賞賛が自分自体に向くと、途端にどうしていいかわからない。素直に受け入れて満面の笑みで「ありがとう」と返すことが正解なんだろうけど、「全然すごくない。その理由はね・・・」など、相手の賞賛を全否定するような返しをしてしまう。恥ずかしがりやが過ぎるのかしら。

主人公感覚で生きれない人が悲しい生き方かというと、そうでもないのでどうか不憫だとか思わないで欲しい。
それなりに楽しくやってるんです。主人公感覚の人たちが嫌いというわけでもなく、意外とそういう人とも合うし。

自分が自分の人生の主人公-。
誰も他人の人生を生きることなどできないという意味では正しい。
だけれども、自分が誰かの人生を彩ることに尽力できるならそれもまた素晴らしいのではないかしら。
頑張っている人を応援したり、場が円滑になるように気を配ったり、脇役ならでのやりがいってのもある。
主役ばかりでは、ストーリーは展開しない。
いいパス出して、主人公を主人公たらしめるのも脇役次第なのよ、とひとりごちてみる。


#Aprilのひとりごと #エッセイ

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Eriko April

都内勤務のしがない販促プランナーです。役に立つこととか難しいことは書けないとわかったので、日常のことを綴ろうと思います。

素敵

コメント5件

くまちゃんは華があるし確実にセンタータイプだよね!!こういう、人による感覚の違いってすごく面白いよね。
わたしは主人公になりたいけど脇役になっちゃうタイプだなと思いました😂
>ぴろ氏そう?ぴろ氏は自分のことちゃんと楽しく話せる人だと思うけどなー!でもこうやって自分はどっちかなと考えてもらえることが嬉しいです😊
ほんとですか!うれしいです☺️いろんなタイプの人がいて成り立つよなぁと思いました!
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