「フツーじゃない」にとろける

 演劇には、変な人が、奇抜なキャラクターが登場したほうが面白い。わたしはそれを、わざわざ言われなくても知っている。だけれども、現実で自分が「変な人」になってしまうのは嫌だ。できるだけフツーに、問題なく暮らしたいし、そうできていると信じたい。
 ……本当に?
 止まらない悩みに寄り添う作品に出会った。

 うさぎストライプの『バージン・ブルース』を観た。うさぎストライプは、平田オリザ氏率いる劇団・青年団から派生した団体である。平田氏が提唱している「現代口語演劇」の手法をベースに、ある状況におかれている人々のリアルな会話や行動を切り取りながら、俳優の身体に負荷をかける独自の演出で人気を集めている。今回は、劇団員と世代の違う俳優2名をゲストに迎え、より濃厚な人間ドラマを打ち出してみせた。

 舞台上手にはいくつかの椅子と小さなテーブル、下手にはモーニングスーツや何着かの上着が掛かったハンガーラックが配置されている。結婚式場の控え室である。そこで藤木(志賀廣太郎)と赤石(中丸新将)が身支度を整えている場面から、物語は始まる。
「…ああ…スピーチかあ。…あるのかな、そうゆうの?」
「まあ…あるんじゃないの、やっぱり。」
「お父さん、お母さん、今まで育ててくれてありがとう、ってやつか。」
「うちは、お父さん、お父さん、だけどな。」
 結婚するのは、彼らが二人で育てた「娘」の彩子(小瀧万梨子)らしい。どんな事情があったのだろうかと、雑談から想いを巡らせる。藤木は赤石に急かされながら、鞄の中から子供がプール授業のときに使うようなタオルを取り出し、胸元を隠しながらモーニングスーツに着替えようとする。しかし、ふとした瞬間に胸元のタオルが剥がれてしまう。年季の入った男性の上半身に似つかわしくない、大きく丸く美しい乳房が、彼の胸元にプルンと揺れているのが見える。唖然とする客席と隔てられた空間で彼は、上半身を露わにしたまま、会話を続けようとする。なんだこれは!明らかに、フツーの人たちの話ではない。関係性がより一層複雑になる。

 美しい乳房をもつ父親・藤木が、愛娘が嫁入りする感慨に浸るなか突如倒れて意識を失ったことで、ゆるゆるとした「父親」二人と「娘」の会話で続いていくと思われた物語は突然、方向を転換する。上演前にわたしたちを案内してくれたスーツ姿の男性が突然舞台に登場し、アナウンスを始める。どうやら彼は、式場係の役らしい。
「大変お待たせいたしました。間もなくチャペル後方より、新婦・彩子さんがお父様の赤石修二さまと、…お父様の藤木博貴さま、お二人のエスコートで入場いたします。………。入場いたします。………。入場されないということで、ご準備が整うまで、お父様・藤木博貴さまの走馬灯をダイジェストでご覧いただきます。…どうぞ。」
 男たちはハンガーラックに掛かっていた学生服に身を包み、走馬灯を上演する準備は万端だ。藤木の胸元は相変わらず豊かに膨れ上がっている。私はこれまで、あんなに胸元がパツパツに張った学生服を見たことがなかった。生命力が溢れ出しているようである。しっかりと床面を踏みしめる歩き方と相まって、独特の色気を醸し出す。中学時代にさかのぼった彼らの元に娘・彩子にそっくりな同級生の闇原(小瀧万梨子)が鮮烈にあらわれ、ひょんなことから3人でタッグを組むことになる。そして、中学・高校の6年間をかけて、この学校にいる生徒全員のおかしなところを見つける「復讐」を始める。……

 こうしてバタバタと場面を変えながら、徐々に秘密が明らかになっていく。

 フツーとはなにか。身体についても、家族のかたちについても、この悩みは普遍的だと言えるだろう。考えても考えても答えなど出ないテーマであるからこそ、たくさんの作品がつくられ、議論が交わされ続けている。『バージン・ブルース』もまた、この悩みに対してはっきり答えを提示することは目指していない。しかしながら、当たり前の日々を当たり前に生きる幸せに気づきたいという、ささやかで、なおかつ強い希望に満ちている。
 その思いをわたしたちに印象深く繋げてくれるのは、「式場係」役として作品全編に登場した金沢昭であろう。彼の存在がなくては、この作品は成り立たない。普段は制作とドラマターグをつとめているが、今作では舞台装置の転換や観客へのアナウンス、別の端役としても登場するなど、普段の役割を拡張したように作品中の世界とリアルをつなぐ役割を演じる。彼のおかげで、登場人物のアブノーマルさが単なる作品の中の話ではなく、やはり自分の知らないところで身の回りにも広がっているのかもしれない、広がっていて当然なのだと気づくことができる。また、劇中歌の演奏を担う場面もある。ギターの演奏とやさしい歌声に、客席と舞台の境界がゆっくりととろけていった。

 わたしの身体は、あなたとはきっと違う。だからこそ一緒にいると面白くて、わたしたち以外どこにも見つからない関係性が生まれるんだ。あなたもわたしも変だけど、あなたのことが好きだ。それでいい。

(学部3年 石原朋香)
#演劇 #劇評 #こまばアゴラ #小劇場 #うさぎストライプ