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共有されない限り秘密

 生活のすべてがオンラインになったこの時代。
 ある日を境に突然連絡が取れない人が現れるようになった。

 すべての人間に完璧に装着されているはずのバックアップ機能が突如使えなくなるのが原因だ。もちろんそれを行っているのは……。

「どうしてそんなことになるのかしらねぇ」
「どうしてだろうね」

 口々にそう話す人たちの表情は、本当は知っているにもかかわらず知っていることを周りの人間に悟られないようにしているようにも見える。この中のどれくらいの人間がこの喪失について理解しているのだろう。
 とても気になるけれど、そんなことはとてもじゃないけど聞けるわけがない。

 もちろん、私は突然連絡が取れなくなってしまうというその原因についてよく知っている。
 しかし同時に『私が知っているということについては誰にも言わないように』と国から固く口留めされている。

 口止めされた時はまさかこの状態がこんなに苦痛を感じるものだなんて思いもしなかった。自分が知っていることを話せない苦痛はもちろんのこと、それ以上に自分が知っているということを知られてはいけないというのは想像を絶するくらいのストレスを伴うのだ。
 人目があるところでは、自分の行動一挙手一投足に最新の注意を払わなくてはいけない。それに少しでも違和感を感じてしまったら、その行動に対してのフォローをさりげなくいれていかなくてはいけない。それも違和感を感じさせないように。

 同じ状況の人たちとこの苦しみについて吐き出し合いたいと思っても、同じ状況の人達も私と同じように『誰にも言わないように』と言われているはずなので、もちろんそんな機会など訪れるはずもない。



 いつしか人の目があるところに行くことが出来なくなった私は、外部から切り離せるだけ切り離した場所で、毎日怯えながら生活していた。それでもオンライン上に私がいる限り、監視をゼロにするのは不可能だろう。眠っている間にうっかりこの件に関して口にしてしまうのではないかという不安から、夜も眠れなくなってしまった。

 そんなある日、私の元に国から通知が届いた。

 恐る恐る開いてみると、その中には「秘密を吐き出したくなった場合の緊急措置について」ということが書いてあった。

”秘密保持をお願いしている皆様方が、とてつもない心労を抱えていることはコチラでも把握しています。そして、この件について、精神的に弱り、吐露される方も散見されるようになり、本局では至急対策を取らざるをえない状況となりました。そこで、本局は『対策本部』を設置することとなりました。この『対策本部』では、もう秘密を抱えれないと思われた保持者の方に対するカウンセリングを行います。費用はもちろん本局持ちとなります。また、このカウンセリングでは秘密に対する暴露も可能となっております。お気軽にご利用くださいますよう、よろしくお願いいたします。”

「これは…」

 日常生活すらままならなくなってしまっている私にとって、この通達は救いの光そのものであった。

 国は決して人を見捨てることはしないのだ。
 助かった。
 私は明るい未来を手に入れるため、本局へと急いだ。


「ようこそ。今まで本当に大変だったでしょう。さぁ、こちらへ」

 にこやかな職員と思われる女性に促されるまま、私は応接室へと通される。とはいえ、私たちには肉体は存在していないので、仮想空間上での話なのだけれども。

「どうぞ」

 勧められた椅子にゆっくりと座ると、私はニコニコとしている女性に向かい、おもむろに口を開く。

「でも、本当にいいんでしょうか」

 すると女性は笑顔を崩すことなく「ええ、本局でそう決められたのですから、アナタが気にすることはありません。ここはそういう場所です」と答えた。

 その答えを聞いた瞬間、私の抑え込んでいたものが一気にあふれ出してくる。この秘密に対する詳細や個人的意見、そしてこれからの私が考える未来について。肯定も否定も息つく間もなくすべて口から吐き出した。

 私が一通り話し終わり一息ついたとき、ニコニコと話を聞いていた女性に対してなんだかふと違和感を感じた。彼女はただ話を聞いてくれただけ。それなのになんだろう。この嫌な感じは。
 言葉に出来ない不穏な空気を感じとった私は、一刻も早くこの場所を離れたいと思った。そして同時に、それを彼女に気付かれてはいけないとも考える。

「では、今日はこのあたりで。お話出来てとても気持ちが軽くなりました。ありがとうございました」

 平静を装い、そう言いながら腰を浮かそうとした私の身体は何故か椅子とくっついてしまっていて立ち上がることが出来ない。

「え?!」

 狼狽する私に、女性は「心配することはありませんよ」とひとこと言い放つ。

「でも…」

 何か言葉をつなげたいにもかかわらず、私の口からは何の言葉も生まれてこない。そんな私の前に、いつの間にか女性が立っていた。

「大丈夫です。アナタは苦痛も無く、消えてしまうのですから。安心してください」

 にっこりと笑う彼女を見上げながら、私の頭の中には『踏絵』の文字がよぎった。が、もう遅い。どうして気が付かなかったのだろう。存在するすべての人間は、この秘密について知っている。そして、知らないふりをさせられているだけなのだ。

 自制心のコントロール

 それが出来ない人間を淘汰するためのシステム。

 そんな簡単なことに気がつかなかっただなんて。


 分解されて行く体を見ながら最後まで残った思考で私が考えたことは……


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