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第6回 小型衛星の科学教育利用を考える会

昨日、都立産業技術高等専門学校で行われた第6回 小型衛星の科学教育利用を考える会に出席しました。

アカデミックな世界とは無縁な人生を送ってきた私が、なぜそんなところに参加するようになったのかは不思議ではありますが、成り行きと行きがかり上いつのまにかそういうことになって、人生の不思議を感じています。

会の内容は、1993年に始まった、学生たちが小型の人工衛星のアイディアや設計を競う、衛星設計コンテストから、若者たちへの宇宙開発や衛星をいかに科学教育として利用活用していくかという趣旨の、非常に真摯な集まりです。

それまでは人工衛星といえば、GPSや上空から地上の様子を画像で送ったり、気象観測をするための衛星であったり、あるいは通信用の中継衛星だとか、あまり他の多くの用途で活躍する場面が想像できなかったのですが、地震予知を地上の震度計などよりもおそらくは確実に捉えることができる衛星や、クジラを追跡するための衛星など、いろいろなアイディアが提案され、その中の選ばれたものが打ち上げられていることを知りました。

人工衛星や宇宙開発に携わる方々の中に混ざって、その講演を拝聴していたのですが、どうもその運営や運用にはそれぞれに大変な苦労があるようで、それが端々に滲んでいます。
とてもいいアイディアなのに、それを打ち上げることができなかったり、打ち上げた衛星を実際に運用する前に研究が頓挫したり、予算がまったく付かなかったり、もはや衛星の分野では、日本は完全に中国から周回遅れにされていたりと、どうも明るい雰囲気ではないようです。
そして教育利用の話になると、学生が在学中にゼロから衛星を設計開発することの難しさなど、実際に現場で教育されている先生方の苦労が偲ばれます。
そもそも、今の若い学生の世代は、手を動かして何かを作るということをあまり経験せずに育っていますから、まずは半田付けから覚えなきゃならないわけで、それが在学中に基盤をこしらえて、電子部品を半田付けしたり、センサーを取り付けてプログラムを書いて動かすというのは大変なことです。そしてそれを学ぶ前に人工衛星そのものに興味を持っていないんですね。
それでみなさん、どうしたもんだろう? と頭を抱えているのです。

しかし私はアウトサイダーなので、その「なぜ?」がおぼろげに見えてきました。

そもそも人工衛星のなにが面白いのか? なにがどうスゴイのか?
それを子供達にどうやって伝えるかを考えないと、興味や関心を持たないでしょうし、私だって人工衛星のなにが面白くてなにがスゴイのかはよくわかっていません。これは他の分野でも大なり小なり同じことで、現場の人はわかっているけれど、その面白さをわかりやすく見える形で出していくことが大事だと思い、手を上げて大きな声で発言しました。

「じゃあお前やれ」っていうならやろうかなという想いとともに。

会が終わってから、学生が研究室でつくっている衛星を見学しました。

私は電子回路の設計も、プログラムを書くことも、こういうハードの筐体をつくることもできませんが、説明されればこれがなにかはわかります。
もっとそういう声を出していったほうがいいと素朴に思いました。
だからこういう文章を書いているわけですが。

その後、南千住での懇親会にも参加させていただいたのですが、博士や教授だらけのところに混じって、ざっくばらんにお話しさせていただきました。
今回は、以前から島田先生(衛星設計コンテスト 実行委員 島田 一雄 (東京都立航空工業高等専門学校 名誉教授:やっぱり島田先生すごい)からお話は聞いていたのですが、NECでTK-80というコンピューターを造った伝説のエンジニアの後藤富雄さんが向かいの席になって、たくさんお話できました。自己紹介がてら、名刺と自分の本を持ってみなさんにご挨拶に回ったのですが、やはりプリントオンデマンドでの出版について知る人は少なく、「実は本を出そうと思っていた」方もいて、きっと有用な情報を提供できたと思います。教育の現場なら、別に出版しなくても、製本された体裁のいいテキストを必要な数だけ調達することもできますから、色々と使い方によって応用が効きますからね。

その後、サイゼリアでたまたま残った4人だけでちょっと飲んでお開きになったのですが、帰り道、酔った足取りとともに、なんだか自分が不確かな世界に迷い込んだような気分になりました。
昨年までの自分の人生から大きく外れているようなそんな感じ。
東京で生まれて育って、満天の星空すら見たことがないのに、いきなり人工衛星や宇宙開発の人たちの真ん中にいるんですから自分の状況がよくわかりません。
けれども出会ったら何かが起こる、縁起ということがありますから、きっとなにかが変わっていくことになるのだと思います。

変わるのなら、それは良い方へ。

私にもできることがあるなら、微力ながらお手伝いしていきたいと思いました。


※写真右がTK-80生みの親の後藤富男さん。左が高知工業高等専門学校工学科教授京大博士の今井一雅さん。

サポートする代わりに、こんな本を書いたり、こんなことをしている奴がいるよーって触れ回っていただけると助かります。