花火に彩られた夢の一夜

8kg痩せた身体が痛々しい。鏡でじぶんの身体をみることができなくなった。2018年の7月のこと。

22kgのスーツケースとスポーツバッグ、リュックサックに日本食を詰め込めるだけ詰め込んで、夫の住むWashington.D.Cへ向かった。

◇◇◇

そう、夫の海外赴任が決まったとき、わたしたちは3年間別居をすることを選択した。3年くらい余裕だろうと思っていたが、半年経ったころからわたしのメンタルは大崩壊した。

淋しさは心だけではなく、身体をも蝕んでいった。胃腸がまったく機能せず、食事がとれなくなった。特に家にひとりでいると食べ物が飲み込めない。あまりの衰弱っぷりで、情けないことに救急車を呼び、5日間も入院するハメになった。

退院したあとも、少ししか食べることができず、どんどん痩せていった。人相もかわり、首すじは骨ばって、みるからに病人だった。こんな状態で、真夏のWashington.D.C(暑い日は40℃になることも)に行くのは、体力的にとてもつらかった。

◇◇◇

寒い機内で2枚の毛布に包まって、ただただ13時間のフライトを耐え忍んだ。食べられそうなものは何もなかった。

空港で出迎えた夫は、変わり果てたわたしの姿をみて、とても悲しそうな顔をした。「食欲がない」毎日電話で話していた。その本当の意味がわかったようだった。

空港から家に向かう途中、車のなかで涙がとまらなくなった。「食べたいけれど食べられない。仕事を辞めてこっちで暮らしたい。」そうしぼりだした。

時差ボケもおさまり、夫と一緒にいると、うどんやお味噌汁なら食べられるようになった。少しずつ気力が戻ってきて、煮物や炊き込みご飯を作ってふたりで食べた。

◇◇◇

わたしは、野球が大好きだ。

2018年の夏、MLBのオールスターゲームはWashington.D.Cで開催されることになっていた。

MLBのオールスターゲームは1試合しかない。チケットは正規の価格で、安くて3万円。なにより、とても入手困難なチケットだ。夫は、何をどうやって手配したのかわからないけれど、オールスターゲームのチケットを手に入れていた。

「ゆっくり休んで、オールスターゲームを一緒に観に行こう。」夫は毎日めそめそしているわたしに何度もそう言って元気づけようとした。

2018年7月17日、オールスターゲーム当日。

スマートフォンに表示されたチケット。絶対に正規ルートで入手したはずはない。このQRコードは本当に有効なのだろうか?ドキドキしながら、ゲートを通過した。無事にスタジアムに入ることができた。

いろいろなチームのユニフォームを着たひとたちで、溢れかえっている。日本人どころかアジア系のひとはほとんどいない。どこか場違いなわたしたちは、記念にTシャツやステッカー、ボールなどを購入し、マスコットと一緒に写真を撮った。試合が始まるまでは、グラウンドぎりぎりの内野席に入れるので、間近でスター選手たちがキャッチボールをするのを観ていた。

MLBのオールスターゲームを球場で観戦するなんて、夢のまた夢だった。

いま、わたしはたった一夜の野球の祭典をみるためにナショナルズスタジアムにいる。夢じゃない。

震えた。

ナイター照明に灯がともり、すばらしいパフォーマンスが始まった。選ばれしものたちが、次々とグラウンドに呼ばれていく。誇らしげな彼らは、笑顔で観客の声援にこたえた。

もっとも声援が大きかったのは、地元ナショナルズの若きスラッガー、ブライス・ハーパー選手と先発投手のマックス・シャーザー選手だった。

カナダの国歌に続き、アメリカの国歌。~National anthem~

アメリカでスポーツ観戦ばかりしていたわたしたち夫婦は、地元のひとたちと同様に、帽子を胸にあて、神妙な面持ちでこの刻を過ごした。手慣れた儀式だった。

いよいよ試合が始まった。

2回表からいきなりホームラン!

3回表にもまたホームラン!

応援しているナショナル・リーグは2点リードされてしまった。

3回裏、こちらも負けずにホームラン!

豪華な花火大会だ。NYYのアーロン・ジャッジ、LAAのマイク・トラウトのホームランをこの目にしっかり焼き付けた。

夫がホットドッグとビールを買ってきた。

「少しは、楽しい夏休みになった?」

「うん、ありがとう。結婚式の次にうれしい。」わたしはそう言った。

渡されたホットドッグは、ザ・アメリカンな素朴な味だった。お肉なんて長いこと食べられなかったけど、ケチャップとマスタードがたくさんかかったホットドッグをぺろっと食べた。

夫が飲みかけのビールをわたしに差し出した。あまりお酒は飲めないけれど、せっかくだから一口飲んだ。クラフトビールだったそれは、苦いというか芳醇な香りがした。

なんだかもう、大丈夫になったかもしれない。根拠はないけれど、そう思った。

それから、また何本かのホームランが飛び出した。スタジアムの興奮は一年経った今でも覚えている。負け続きのナショナル・リーグは、9回裏の土壇場で追いつき、試合を振り出しに戻した。

しかし、延長戦の末、アメリカン・リーグが勝利した。

両軍から飛び出した10本のホームランは、MLBオールスター史上初めてのことだという。

試合の帰り道、興奮冷めやらぬわたしは、夫に何度もしつこくありがとうと言った。

きっと、つらくて苦しくて淋しいのはわたしだけじゃない。ホットドッグとビールで、苦しさを半分こした夜だった。

ひとつしかないビールだったけれど、夫と最高の夜に最高の乾杯をした。

#あの夏に乾杯

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アラキナツ

東京タワーのふもとで世のため人のためWebコンテンツ作成をしています。noteには40代女性の日々の暮らし、働き方や生き方を正直に綴っています。夫はアメリカに単身赴任中。阪神タイガースファン。お寿司が好きです。▶連絡はTwitterのDMへ @araki_natsu

圧巻のインプット集

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