(きっと)自分だけが自分ではない
この西村さんとのインタビューが、私にとても大きなideaを残してくれた。
一つは、自分がいかに小さく、無力で、からっぽだとしても、人と関わり、話を聞き、話をすることで生まれる「二人の間に見えてくる風景」を通して、世界を広げ続けることが出来るかもしれないということ。
もう一つは、この身体の、物理的な人間だけが私なのではなく、私が関わるもの、関わる人も私の一部でありえる。私自身が遠くに行けなくても、遠くに行った人の話を聞き、誰かが遠くに行くお手伝いをすることで、私もその遠くにある世界を見ることが出来るんじゃないかということ。
…「俺のものは俺のもの、お前のものは俺のもの」みたいに聞こえるかもしれない。凄い人の周りにたかって、自分の手柄を探しに行く人、みたいにも見えるかもしれない。でもそもそも、「俺のもの」「自分の手柄」みたいなものがあまり意味が無いのかもしれない、と思う。だって、私たちはみんな同じところからきて、同じところに帰っていくのだから。たまたま私はこの身体を受け取り、あなたはあなたの身体を受け取り、この世界に生まれ落ちただけで、大切なのは、それ…素晴らしいものや愛すべきもの…がこの世界に存在することであって、「誰ものか」なんてことはそんなに重要じゃない。
…小さく、無力で、からっぽな私の人生が、豊かで面白いものでありますようにと願いながら。
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