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Soft Machine「Third」レビュー

カンタベリー・ロック(カンタベリー系)の概要については、「カンタベリー・ロックシーンを整理する」を参照してください。
3rd Album (2LP)
Release Date: 1970
Mike Ratledge - Keyboards
Elton Dean - Alto Sax, Saxello
Hugh Hopper - Bass
Robert Wyatt - Drums, Vocals
+
Lyn Dobson - Soprano Sax, Flute (1)
Jimmy Hastings - Flute, Bass Clarinet (2,4)
Rab Spall - Violin (3)
Nick Evans - Trombone (2,4)

 ソフト・マシーン / Soft Machineの3rdアルバム「Third」は、エルトン・ディーンがバンドに加入した後、リン・ドブソンジミー・ヘイスティングスらをゲストに迎えて制作された作品である。収録曲数は4曲でいずれも18分以上といういかにもプログレらしい大作であり、レコード時代は2枚組のアルバムだった。バンドの音楽性はここに至ってついにジャズロックを明確に志向するようになり、それはロバート・ワイアットのボーカルが「Moon In June」でしか聴けないことに如実に表れている。その「Moon In June」も前半のボーカルパートと後半のインストパートではかなり雰囲気が違い、彼等の決別はすでに既定路線になっていたといえよう。

 個別の曲の感想は下記の項目に譲るが、全体的な傾向としてはやはり先にも述べたように大作主義への傾倒が感じられる。特に「Facelift」と「Out-Bloody-Rageous」はイントロだけで約5分という長さであり、そこに冗長さを感じる向きもあるだろう。ただし、曖昧な即興演奏が延々と垂れ流されるような音楽かというとそんなことはなく、曲の構成はしっかりと組み立てられている。例えば「Out-Bloody-Rageous」の構成を書き出してみると、イントロ→【テーマ→ソロ→テーマ】→ブリッジ→【テーマ→ソロ→テーマ】→アウトロと意外にも明快であり、フリージャズめいた混沌には突っ込んでいないことが分かる。この辺りは「モダンジャズの帝王」たるマイルス・デイヴィスが「電化」してからの諸作にも相通ずるように思う。

 演奏面は前作よりもさらに強化されており、4人とも英国ジャズロックの意地を見せるかのように熱い演奏を繰り広げているが、中でも音色を激烈に歪ませたオルガンで刺激的なフレーズを矢継ぎ早に放つマイク・ラトリッジの存在感は頭一つ抜けているように感じる。ヒュー・ホッパーのベースプレイは全編に渡ってセンス溢れる動きを見せており、場面によってはファズをかけて前に出ることも。ワイアットのドラムプレイは相変わらず手数の多いスタイルだが、繊細なシンバルワークを見せる「Slightly All The Time」やボーカルとユニゾンするかの如く細やかに叩く「Moon In June」など、新境地の演奏も披露している。新加入のディーンはまだ彼の本懐であるフリーな演奏には寄り切らず、ソロも比較的ストレートに吹いているが、長大な本作品においてはこのくらい見通しの良い演奏の方が合っていると思う。バンドへの貢献度の高さは言うまでもなく、これまでキーボードトリオだったバンドに何ら違和感なく管楽器を馴染ませているのは見事の一言に尽きる。また、先述したようにこのアルバムにはゲストも参加しているが、とりわけ「Slightly All The Time」におけるヘイスティングスのフルートは良い仕事をしているように思う。

 一般的な評価として、「Third」はカンタベリー・ロックの最重要作品と見なされていることが多いように思われる。個人的には「Third」はあくまでカンタベリー・ロックシーンの一側面に過ぎず、語るべき作品は他にも数多くあると考えているが、しかしこのアルバムの充実度について疑う余地はない。これ以降の作品がスリムかつクールな音楽性にシフトしていくだけに、ここでのあらゆるアイデアが詰め込まれた異形の楽曲群は、他に変えがたい妖しい魅力を放っている。ともすれば冗長にも思えるほどの大作主義は、裏を返せば当時のバンドがそれだけ創造性に満ちていたことを表しているといえよう。気を抜くと彼等の才能の煌めきに視界を奪われそうになる本作品、心して聴くべき名盤である。

PICK UP

01. Facelift
 
ジャズロックの大傑作。開幕から約5分間に渡ってノイズが鳴り響く展開からして常軌を逸しているが、そのノイズを抜けた先で立ち上がるテーマの巨大建築物を思わせる威容が凄まじい。さらにそこからテンポアップして奏でられる第二テーマとソロは何度聴いても血湧き肉躍るような演奏で、狂おしく叫ぶディーンのサクセロにも構わずひたすらオルガンを鳴らし続けるラトリッジのソロは凄絶さすら感じさせる。演奏が一旦静まった後にドブソンが奏でるフルートソロも格好良く、どことなく「和」を思わせる響きがあるのが面白い。テープを逆回転させたような音で締めくくるエンディングはいかにもアナログだが、それ故に不気味な迫力がある。
 ちなみにこの曲はライブ録音であり、1970年1月4日と1月11日のライブの音源を編集して制作されている。1月4日はラトリッジ、ホッパー、ワイアットの三人にディーンとドブソンが加わったクインテット体制による初のライブで、この日の演奏は「Noisette」というライブ盤で聴くことが出来る(「Facelift」は未収録)。

02. Slightly All The Time
 
前曲とは打って変わって叙情的な演奏が繰り広げられる佳曲。前半はやや抑制的な雰囲気の中でソロを回していく。途中からテンポアップし、ヘイスティングスのフルートがソロを取る展開が清涼さを感じさせて良い。後半はうねるようなテーマの「Noisette」(12:02~)と、ラトリッジの幻想的なオルガンの上でディーンのサクセロがメランコリックに歌う「Backwards」(12:47~)のメドレー。この時期のソフト・マシーンは「Facelift」のように尖った曲がクローズアップされがちだが、こうした美しいメロディの曲もこなせる所にバンドの懐の広さを感じる。最後は「Noisette」のリプライズ(17:30~)で潔く終わる。
 なお、「Backwards」はキャラヴァン / Caravanの5thアルバム「For Girls Who Grow Plump In The Night」「A Hunting We Shall Go」でも演奏されている。両者を聴き比べてみるのも一興だろう。

03. Moon In June

Living can be lovely, here in New York State
Ah, but I wish that I were home
And I wish I were home again - back home again, home again

 ソフト・マシーン最後のボーカル曲であり、カンタベリー・ロックを……否、ロックというジャンル全体を代表する超名曲。とにかく前半のボーカルパートのクオリティが尋常ではない。ワイアットの胸をかきむしりたくなるほど切ないボーカル、それにぴったりと寄り添うオルガンとドラム、そしてホッパーのメロディアスなベースソロと、冒頭2分の時点ですでに孤高の領域へと突入してしまっている。一つの場所に留まらず縦横無尽に動き回るボーカルに追従する演奏は、ワイアットの感情の揺れ動きにリアルタイムで反応しているのではないかと錯覚させるような凄味を帯びている。そしてその奔放な展開が、恋に疲れた男がまとまらない思考を巡らせながら故郷に思いを馳せる様を描いた歌詞と完璧にリンクしているのが凄過ぎる。本当にどうすればこんな曲が書けるのか。後半はラトリッジ、ホッパー、ワイアットの三人が激しくぶつかり合う。ラトリッジのキーボードソロとワイアットのスキャットの絡みも絶品だが、演奏が落ち着いた後、ラトリッジのオルガンがボーカルパートのメロディを再現する展開には思わず総毛立ってしまう。ラジオが混線したかのように入ってくるバイオリンが音空間をズタズタに引き裂くエンディングもアヴァンギャルドで良い。
 この曲はライブでは基本的にインストとして演奏されているが、イギリスのDJ、ジョン・ピール / John Peelが担当した番組である「Peel Sessions」でのセッションを収めた「BBC Radio 1967-1971」という作品にはボーカル入りの演奏が収録されている。このテイクの面白い所は歌詞がBBC仕様に変更されていることで、例えば上記の「Living can be lovely, here in New York State」「Playing now is lovely, here in the BBC」となっている。演奏の質も良く、ぜひ一聴をお勧めしたい。

04. Out-Bloody-Rageous
 
イントロとアウトロの幻惑的なテープエフェクトと本編のシャープな演奏が鮮やかな対比を成す傑作。ラトリッジとディーンの巧みなソロもさることながら、中盤で演奏されるミステリアスなテーマが白眉。この曲はライブ盤にもよく収録されているが、どのテイクでもここを聴くたびにテンションが上がってしまう。後半のディーンのソロがブラス隊のリフレインに合流してユニゾンを決めた後、冒頭のテープエフェクトに回帰していく展開は祭りの狂騒とその後の静寂を思わせてどこか切ない。

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