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Holomorphic Spaces    正則関数のなす関数空間    黎明期

Holomorphic Spaces    
正則関数のなす関数空間  
黎明期

Holomorphic Spaces とは Spaces of Holomorphic Functionsを縮めたものである。
1.源流
H.Lebeguesの学生であったP.Fatouは単位円を定義域とする調和関数の境界値(円周上のあたい)の行動を調べた[1906]。実際、調和関数はその境界値のポアソン積分として単位円内の値が計算される(正則関数がコーシー積分公式で表されることと同値)。Fatouはその証明の中で、単位円を定義域とする有界な正則関数が単位円のほとんどすべての点でnontangential な極限を持つことを示している。 このことは、円周における「実解析」と単位円内での「複素解析」のあいだの橋渡しlinkを行っていることになる。解析的測度analytic measureは絶対連続であるというF.RieszとM.Riesz兄弟の結果[1916]はそのlinkがもたらしたハイライトのひとつである。F.Riesz は[1923]論文でハーディ空間$${{{H}^{p}}}$$ という名前を使い始め、ゼロをBlaschke積として括りだす手法を導入した。G.Szego[1920,1921]はToeplitz形式を研究した。M.Riesz[1924] は$${1 < p <\infty }$$の場合、共役フーリエ級数の考察と共役作用素の$${{{L}^{p}}}$$有界性を証明している。$${p=1}$$ の場合については、A.N.Kolmogorov [1925]が共役作用素の弱$${{{L}^{1}}}$$ 有界性を証明した。G.H.HardyとJ.E.Littlewood[1930]は最大関数を導入した。ここまでの理論結果は論文という形で出版されていたが、Privalov[1950]「解析関数の境界値」というロシア語の書物、その後[1956]ドイツ語の翻訳として書籍として発表された。(日本語での文献は[2009]中路貴彦 正則関数のなすヒルベルト空間岩波書店がある)

2.Beurling の論文
A.Beurling の論文[1949 On two problems concerning linear transformations in Hilbert space,Acta Math.81,239-255]は固有ベクトルの完全集合を持つヒルベルト空間上の作用素に関する2つのテーマをあつかっているが、単位円$${\mathbb{D}}$$の$${{{H}^{2}}}$$ 空間上の片側シフトの閉不変部分空間に注意を向けている。
戦時中Beurling は暗号解読に携わっているが、スエーデンUpsala 大学での彼は興味深い研究を数多く残し、我々の進む方向の先鞭をつけた。
ここで、すこし基本的なことを復習しておこう。$${p>0}$$に対してハーディ空間$${{{H}^{p}}}$$は単位円$${\mathbb{D}}$$を定義域とする正則関数で、増大条件$${\underset{0 < r <1}{\mathop{\sup }}\,{{\left\| {{f}_{r}} \right\|}_{p}}<\infty }$$を満たすもの全体である。ここで$${{{f}_{r}}}$$ は単位円上で$${{{f}_{r}}\left( {{e}^{i\theta }} \right)=f\left( r{{e}^{i\theta }} \right)}$$ により定義される関数で$${{{\left\| {{f}_{r}} \right\|}_{p}}}$$ は$${{{f}_{r}}}$$の$${{{L}^{p}}}$$ノルムである。ここで、$${{{L}^{p}}}$$は詳しく書くと$${{{L}^{p}}\left( \mathbb{T} \right)}$$とか$${{{L}^{p}}\left( \partial \mathbb{D} \right)}$$と書くべきで、円周$${\mathbb{T}}$$ 上で基準化されたルベッグ測度による$${p}$$ 乗可積分関数の空間をあらわしている。上で述べたように$${{{H}^{p}}}$$空間はF.Riesz [1923]によりハーディ空間と名づけられたが、G.H.Hardy が$${{{\left\| {{f}_{r}} \right\|}_{p}}}$$は、定数関数でない限り$${r}$$とともに増加することをしめした[1915]ことに敬意をしめしてなずけたものである。Fatouと後継者の仕事から、$${{{H}^{p}}}$$の関数は$${\partial \mathbb{D}}$$ のほとんど至るところでnontangential limit として定義される境界値を持つことがわかる。そのおかげで、$${{{H}^{p}}}$$は$${{{L}^{p}}}$$の部分空間と同定できる。具体的に言うと、$${p \ge 1}$$ では$${{{H}^{p}}}$$というのはそのフーリエ級数の負の部分がゼロである$${{{L}^{p}}}$$関数である($${f\sim \sum\limits_{n=0}^{\infty }{{{c}_{n}}{{e}^{inx}}}}$$ 解析的フーリエ級数)ということができる。$${p\ge 1}$$の$${{{H}^{p}}}$$関数はその境界値のポアソン積分あるいはコーシー積分として表すことができる。$${p=2}$$ の場合、$${{{H}^{2}}}$$ 空間は原点を中心とするテーラ展開が2乗和が有限である正則関数であるという、もうひとつ別の言い方ができる:
$${{{H}^{2}}=\left\{ f\left( z \right)=\sum\limits_{n=0}^{\infty }{{{c}_{n}}{{z}^{n}}:}\sum\limits_{n=0}^{\infty }{{{\left| {{c}_{n}} \right|}^{2}}<\infty } \right\}}$$
さらに、$${{{H}^{2}}}$$ は$${{{z}^{n}}}$$ ,$${n=0,1,2,\cdots }$$ を正規直交基底とするヒルベルト空間であることが容易にわかる。
$${{{H}^{2}}}$$における片側シフト$${S}$$は、関数$${z}$$ をかけること(掛け算=shift operator)、すなわち、$${{{z}^{n}}}$$ を$${{{z}^{n+1}}}$$移すisometry である。Beuring が示したのは、$${S}$$の不変部分空間の構造は、$${{{H}^{2}}}$$関数の分解定理を反映しているということである。
F.Riesz とNevanlinnaの研究から知られていたが、すべての$${{{H}^{p}}}$$関数はゼロ関数でない限りBeurling が名づけ親となった、外関数$${g}$$と内関数$${u}$$の積$${f=ug}$$に分解される。この分解は絶対1の定数倍を除いて一意である。$${u\in {{H}^{\infty }}}$$ が内関数とは$${\left| u\left( {{e}^{i\theta }} \right) \right|=1}$$a,e.$${\theta }$$であり、$${g\in {{H}^{p}}}$$が外関数であるとは,ポアソン核$${P\left( r,t \right)=\frac{1-{{r}^{2}}}{1-2r\cos t+{{r}^{2}}}}$$( $${0\le r<1}$$ ,$${0\le t\le 2\pi }$$)と (標準化ルベッグ測度)$${dm=\frac{dt}{2\pi }}$$を用いて
$${\log \left| g\left( r{{e}^{i\theta }} \right) \right|=\int\limits_{0}^{2\pi }{P\left( r,\theta -t \right)\log \left| g\left( {{e}^{it}} \right) \right|}dm\left( t \right)}$$
とかけることである。Beurlingは$${g\in {{H}^{2}}}$$が作用素$${S}$$の巡回ベクトルであるための必要十分条件は$${g}$$ が外関数であることをしめした(すなわち、$${\mathcal{P}}$$ を多項式全体として$${\left[ g\mathcal{P} \right]={{H}^{2}}}$$ となること)。Beurlingはまた、$${f\in {{H}^{2}}}$$ を内関数$${u}$$ と外関数$${g}$$ を用いて$${f=ug}$$と分解したとき、$${f}$$ により生成される$${S}$$ 不変な部分空間は$${u}$$により生成される$${S}$$ 不変な部分空間すなわち$${u{{H}^{2}}}$$ という形をしているものと一致することを示した。したがって、Sの不変部分空間を理解することは内関数の構造を理解することに等しい。
内関数には2種類のものがある。その一つはブラシュケ積であり他の一つは特異関数である。絶対値1の定数関数だけは両方の種類にまたがり、一般の内関数はブラシュケ積と特異関数の積に分解される。それは絶対値1の乗数を除いて、一意に分解される。ブラシュケ積は関数の零点の列に対応するものである。$${{{H}^{2}}}$$の関数($${{{H}^{p}}}$$関数の場合も)の零点の列はいわゆるブラシュケ列、すなわちそれは$${\mathbb{D}}$$における有限個の数列、あるいは、ブラシュケ条件$${\sum{\left( 1-\left| {{z}_{n}} \right| \right)<\infty }}$$ を満たす無限数列$${\left\{ {{z}_{n}} \right\}_{n=1}^{\infty }}$$ である。$${w}$$ に対応するブラシュケ要素を、$${{{\tau }_{w}}\left( z \right)=\frac{z-w}{1-\bar{w}z}}$$とすると、ブラシュケ積はブラシュケ列の各項$${w=z_n}$$ に゙ブラシュケ要素を対応ずけ、それらすべてのブラシュケ要素$${{\tau }_{z_n}}$$の積と、絶対1の定数を掛けたものになる。有限ブラシュケ積の場合はそれが内関数であることは明らかだが、無限列の場合にはブラシュケ条件が無限積が内関数へ広義一様収束のための条件そのものとなる。S-不変部分空間に対応する内関数がブラシュケ積のとき、ちょうどブラシュケ列の各点でゼロ(重複度を考慮して)となる関数からなる$${{{H}^{2}}}$$の部分空間となる。
特異関数$${u}$$は$${\mathbb{D}}$$でゼロとならない内関数である。最大値の原理より
$${r{{e}^{i\theta }}\in\mathbb{D} }$$で$${\left| u\left( r{{e}^{i\theta }} \right) \right|<1}$$
したがって$${\log \left| u\left( r{{e}^{i\theta }} \right) \right|}$$は、負となる調和関数である。つまり、Borel測度$${\mu }$$ のポアソン積分$${-\log \left| u\left( z \right) \right|=\int\limits_{0}^{2\pi }{P\left( r,\theta -t \right)d\mu \left( t \right)}}$$としてあらわせ、
$${\mu '\left( \theta \right)=0}$$ ,a.e.$${\theta }$$ がなりたつ。これは、$${\underset{z\to 1}{\mathop{\lim }}\,\log \left| u\left( z \right) \right|=0}$$a.e.$${\theta }$$よりFatouの定理を使えば証明されることである。よって$${\mu }$$ は正の特異singularな測度となる。これは名前の由来ともなってる。結局特異関数$${u}$$は
$${u(z)=\lambda \exp \left( -\int\limits_{\mathbb{D}}{\frac{{{e}^{i\theta }}+z}{{{e}^{i\theta }}-z}d\mu \left( {{e}^{i\theta }} \right)} \right)}$$ ,
$${z\in \mathbb{D}}$$ ,$${\lambda \in \mathbb{C},\left| \lambda \right|=1}$$
とかける。特別な場合として$${\lambda =1}$$,$${\mu }$$ は1における一点測度である特異内関数は
$${\exp \left( \frac{z+1}{z-1} \right)}$$ である。
もし、S不変部分空間に対応する内関数が特異であるなら、その部分空間に属する関数は共通の零をもたない、しかし、共通の特異な内関数を持っていることはその特異測度に関してほとんど至る所nontangential 極限0であるという状況を共有することになる。
Beurling の定理より、内関数の記述は作用素Sの不変部分空間の記述にそのまま翻訳される。この定理は作用素論における自然な疑問がいかに解析学の深部に至るかを示す素晴らしい例である。

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