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なぜQiitaのLGTMが問題視されるのか

昨日(2020年3月12日)Qiitaの各記事に対する「いいね(thumbs-up)」ボタンが「LGTM(Looks good to me)」に変更されました。これに対してTwitter界隈で賛否両論が渦巻いているため、問題としてとらえる人がなぜいるのかを一人のQiitaファンとして分析してみました。
※この記事の作者はQiitaと利害関係はありませんのでご了承ください。

LGTMとは
GitHub等のリポジトリにコミットされたソースコードに対してコードレビューを行う際、「確認したよ」「見た感じ良さそう」「問題ないと思う」という意味を表明するための短い返信として流行した用語です。

LGTMは上記のとおりプログラマ以外の方にとって認知度は低く、ごく一部のプログラマ間でのみ通じるワードといえるため、リポジトリを日常的に使わないエンジニア(主にプログラマ以外の方)にとっては馴染みがありません。前述のQiitaブログにある『エンジニア文化に馴染みのあるワードだったので採用する』というメッセージからは、プログラマ以外のエンジニアに対して疎外感を与えていると言えるでしょう。また、LGTMはプログラマにとっても違和感のある言葉と捉えられる可能性があります。コードレビューの際は「コミットされたソースコードを承認できるか」が観点になりますから、これをQiitaに置き換えると「その記事は自分にとって承認できるか」ということになります。つまりLGTMすることはその記事に対して自分も正当性を担保できるかという意味に捉えられます。今回の変更主旨から外れてはいないでしょうが、人によっては心理的ハードルがかなり上がるはずです。

LGTMに対して、どのようなネガティブな印象を受けるかをまとめます。
• いいねではなく「確認したよ」という意味に見える
• 目上から目下への言葉に感じる(レビュアーが上長の場合が多いため)
• 記事の正当性を担保しなければならない
• 自分にとって身近ではなく理解できない
• そもそも無責任で曖昧な言葉に感じる
• スラングや省略文字を使いたくない
• アイコニックじゃなくてダサい

Qiitaブログによると「いいね」は現状以下のように使われています。

記事の内容をほとんど読まなくてもつい「いいね」している、ということがわかりました。また、技術情報が主題でなくても、ただ面白い記事であれば「いいね」が多く押されているような状況にもなっています。

「反射的に押すのではなく、一度その対象をよく見てから押す」という変更主旨は素晴らしいですし、いいねから導き出されるContributionの考え方も非常によくできています。
では、方針が間違っていないにも関わらず受け入れられないユーザがいるのはなぜでしょうか。今回、ユーザ体験全体を再設計すべきであったところ、付け焼刃的な対応(一部箇所のアイコンだけを変える)をしたために、一部ユーザから反発を受けたのが原因ではないかと考えられます。たとえば以下のように体験の変更を検討できるのではないでしょうか。

• 画面下部までスクロールしないとLGTMボタンが押せないようにする
• 画面滞在時間が短い場合のLGTMに警告を表示する
• 「ありがとう」などにボタン名を変える
• いいねの意味別に異なるボタンを配置する
• ページ内に理念などを掲載する

記事を「自分にとって良いもの(Looks good to me)」と評価する際には、さまざまな理由があるでしょう。その中でも、「困っていることが解決できた!役に立った!まじありがとう!」が多いのではないでしょうか。クリック1つで簡単にありがとうを伝えられるのは素敵ですよね。
ネット上では今回の変更はあまりにも性急だったという意見もたくさん見かけますが、きっと数週間もたてば少しずつユーザの違和感は減っていくでしょう。しかし、今回の変更が「用語として正しいのか」「狙った効果がでる変更なのか」「変更点は充分か」はこれからも引き続き検討していただけたら嬉しいです。

Qiitaが今後も私たちにとって良いナレッジベースであることを願います。
いちファンより。

(追記)LGTMに慣れるためSlackアイコンを作りました。

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