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【小説】推しグル解散するってよ⑭END

 当然のように世の中には「推しグループ解散癒し休日」などというものは存在せず、千晶も真紀も腫れた目を誤魔化しながら翌日も会社に出社した。
きっと自分たち以外にも、帰宅してすぐに家事をしたり、子育てをしたり、介護をしたり、他にもきっといろいろなしなければならないことに向かっていったファンは山のようにいるのだろう。
けれど、あの日あの会場にいたファン一人一人は間違いなく幸せで、その分つらくてそんな、同じ気持ち、を共有していたのだろうと千晶は考えながら、オフィスの自分の席についた。
相変わらずパートのおばちゃんはGAPのことを好き勝手言うし、仕事の忙しさは自分の感情になんて寄り添ってやくれなかった。けれどそれでよかった。それがよかった。ぼーっとしていれば自分の悲しさや寂しさに自分が気づいてしまうから。気づかせないでくれるその忙しさに感謝すらした。
 腫れた目に誰かは気づいているかもしれないけれど、千晶はわかりやすく顔をパンパン!と二度叩いて、気合を入れて就業時間を迎えた。
 
 
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 残念ながら時は個人を感情を無視して過ぎていく。
千晶と真紀がどうあがこうと、GAPは解散した。二十年も応援していると、そんな事実さえどうにも信じられなくて、それは決して信じたくない!なんて我儘な感情の一つではなく、例えば、明日から今後一生あなたはカレーライスを食べられませんと言われるような、そんな、当たり前が当たり前じゃなくなる、感覚だった。
 GAPが解散して一年、簡単にその傷は癒えると思っていたけれど千晶も真紀もいつまでも寂しさに苛まれていた。
千晶も真紀も幸い(?)仕事が忙しく、その心の傷口に気づかないように日々を過ごすことができた。
それでも一人になれば急に泣きたくなるし、でもたかが“推しグループが解散した”ことをまして一年も経った頃に未だそれがつらいだなんて周囲には言えなくて、つらくなるたびに二人で集合する千晶と真紀だった。
 今日もまた真紀の広い綺麗なマンションで二人はその広さを持て余すようにくっついて、GAPの映像を見漁っていた。
「ねえ、ちぃさんよ、最近どうよ?」
片手にビール、片手にコンビニの生ハム、真紀が聞く。千晶は
「仕事忙しいけど充実してるよ。今度ね、やっと正社員試験受けられるらしくて。ちょっと私、頑張るよ。」
と笑顔ながらに答える。
真紀はそうかあ、とビールに口をつけて笑う。そちらはどうなの、と千晶が聞くと真紀は
「特に変わりなーし。出世もしなければ転勤もない。でもずっと変わらず頑張ってるよ、私。」
とやはり笑顔ながらに答える。
 変化を感じる千晶と、変わらない真紀。
それでいい、それがいい、と交わさない言葉で、それでも心の中で交わし合う感情。
彼らが“NEXT STAGE”に向かったとして、自分たちは次のステージへ行こうと、行かなかろうと構わないのだとこの一年でようやく割り切れた二人だった。
「そういや、修と会ってる?」
「いや、それがさ、一年前に何度も偶然会ってたけど最近は全然会わなくなったよ。」
真紀の問いに千晶が答える。そっかあ、と真紀はビールをグイグイすすめる。
千晶は目線を窓の外に向けて、ふ、と息をついた。
「もしもあの偶然がなんらかの運命だったんだとしたら、私に一歩人生を進めろっていう合図だったんだと思うんだよね。ずっと精神的に依存してたGAPが解散することになって、自分の中でひっかかってた修くんに再会して、なんならトラウマ植え付けた同級生にまで再会したからね。」
真紀は先ほどの同じようにそっかあともう一度言った。
「私の心を…蝕んでた…とまで言ったら大袈裟かもしれないけどさ、ずっとこだわってたコンプレックスをGAPの解散が決まった時に一緒に払拭しろっていう神様か何かからの知らせだったのかもしれないよね。あの時、修くんの本音を沢山聞いて修くんは本当はすごくいい人だったのに、勝手に誤解してたんだなあとか気づいたし、昔の同級生と話して、まあ、なんていうか全部を許しきることはできないけどそれでも、一見華やかに見える人たちも思春期にもがいてたんだなあなんて思い直すことができて…。」
千晶は一気に話して、また、ふ、と息をついた。
真紀は千晶をじっと見つめて、それから、えらいえらい、と頭を撫でた。
「GAPの解散と同時にちぃもたくさん考えて、たくさん成長したんだね。」
言われて千晶も、真紀を見つめてニコッと笑った。
「…成長できたんならいいけど。」
「できてるよ、きっと。」
二人で笑って、それからテレビ画面のGAPを見つめた。
過去になってしまった大好きな四人は、もう画面の中でしか愛せない。
愛はあり余っているのに、それでももう、四人が揃う様を見ることはないのだ。
応援し続けてきた二十年という時間は、彼らが単なる“キャラクター”ではなく、それぞれが懸命に生きている生身の人間だということを思い知るに充分な期間だった。
GAPが一生存在し続けてほしいという気持ちも本心ならば、彼らが人間として幸せな日々を送ってほしいという感情もまた本心だった。
 二人はしばらく黙ってビールを口につけながら、画面を見つめていた。
キラキラした笑顔がその画面に映っていて、それは紛れもなく自分たちが愛し続けていた、大好きな宝物だったのだと改めて感じる。
真紀は大二郎のミュージカル出演が決まっており、チケット争奪戦の最中だった。千晶はとくに推し活の予定もなく、暇な日常だった。同じグループを応援していれば同じようなスケジュールだったのに解散した途端、驚くほどスケジュールが変わってしまった。
それでも、それも、現実。仕方がない。
寂しい、悲しい、色々な気持ちが交錯しないかといえば嘘になるが、それでも新しい日常を生きていくしかない。
テレビ画面に映る最愛を見つめながら、二人は、他の人に見せたら笑われるような理由で泣いて、他の人に言ったらからかわれるような理由で熱くなった。
 
 これだけの大袈裟な文章を連ねても、やはりこの物語には何も起こってはいない。
 大恋愛も、記憶喪失も、何の大事件も起こらなかった。
 起きたのはただ、一つのアイドルグループが解散した、ただそれだけ。
 それだけだ。
 
 テレビ画面を見つめて感傷に浸る二人の耳に、カチャとドアの開く音が聞こえた。
二人が音の先に目をやると、見慣れた美青年。
「あ、あー…あの、よね…ち…ちぃちゃん、来てたんだ!」
その美貌に見合わない程の苦い声色で彼は言った。
「うん、来てたよ。久しぶり、三人で飲もうよ、修くん。」
千晶は、もう惑うことなく笑顔で返した。
その姿を、真紀は嬉しそうに眺めながら弟に手を振った。
 

 三人を迎え入れるテレビ画面には、この先もずっと変わらない愛しい四人組がキラキラと笑顔で躍り舞っていた。

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