かけた時間は『信用』に変わる

ぼくの母親は、銭湯で勤めている
比較的、年配のお客さんが多く
近所の人になると常連の人もいる
そして、来る回数が多いということは
顔を合わせることも増え、話す仲になる

ある時、おばちゃんに
「くつしたが履けないから手伝って欲しい」

「腕が背中まで回らなくてシャツの丸まりを直して欲しい」

と、頼まれたことがあったらしい
母親は、拒むことなく素直に手伝い
気持ちよくお礼を言われた

するとそのおばちゃんから

「前に違う人に頼んだら、そういうサービスはやっていないのでやりません」

と、断られて怖かったといわれた


確かに業務内容としては
お客さんの手伝いをしなさいと
決められているわけではない
その断った店員さんは悪くはない
業務内容にないから断った
お手伝いをしたところで
追加の給料が発生するわけではない
言ったら優しさ、ボランティアだ
主張は間違っていない


手伝った母親は、その好意を買われ
お客さんから、お気持ちをもらったり
ジュースやお菓子をもらったりしている

結果、儲かっている

それはお金という意味ではなく
信用を稼いだということだ

サービスだけではなく、人は
優しさにも対価を払おうとする
それはお金であったり物であったりする
それは、自分だけ良くしてもらった事に
罪悪感を感じする行動

『儲かる』という字は
「信じる(られる)」「者(もの)」と書く
いや、見ればわかることなんですけど。

母親がいる曜日だから来た

いつも頑張っている姿を見ているよ

そう声をかけてくる人が増えたらしい。

その言葉は何か物やお金をもらうより嬉しい
あ、やってよかったなーと思う

「給料」とは数字が出て
目に見えてわかりやすい利益だ

優しさとは、目には見えなく
「優しさ」という行為自体は形にも
数字にも表せなく、わからない

「気持ちの問題」

自分のことを信じてもらえると
信用が稼がれ、優しさが生まれ
気持ちをもらったり、ジュースやお菓子をもらう

決して、断った店員さんが
悪いことをしたわけではない
ただ

「優しさがなかっただけ」

これは誰が悪いとか良いとかではない
頼まれた時、答えることによって
じぶんの時間が使わる
それは、本来できることができなくなる
そしてソンに繋がるかもしれない

だけど、目に見える利益よりもはるかに
貴重で、コミュニケーションの
大切さを知れるエピソード


電車で泣いてしまっている子供へ
怒鳴り散らして注意する人

じぶんはスマホを操作しているのに
子供に叱る親

じぶんのことを棚に上げて
人の悪いことだけを見て
指摘することが多いですが

素直に、「文句」だけをいうことが
正論を振りかざして、正義ぶるのが

果たしていいことなんでしょうかね

相手も自分も「人」

言葉は、救いも殺しもできる
世界一、扱いの難しい物であると感じました


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#言葉 #信用 #人間

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有野優樹(ありのひろき)

ここにはコラムとショートストーリーを投稿。マガジンに考えとストーリーと分けております。是非。【連絡先】arino.hiroki@gmail.comブログhttps://lineblog.me/hiroki0731/

考えのまとめ

疑問に思った事や、その事についての意見と自分なりの解決策を述べていく記事です
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