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全文公開を終えて。夢の見方を忘れた人へ

先週の金曜日、ついに『空をゆく巨人』の最終章(15章)とエピローグが公開され、私の全文公開チャレンジが終わった。これは、私と集英社出版チームの共同の試みだった。

果たしてどれくらいの人が読んでいたのか。どんな感想を持ってくれたのか。またそれについてはゆっくり解析・報告してみたい。その前に。

先日、この全文公開についての週刊誌の方から取材依頼があった。その依頼メールには、「作家が受賞作を発売前に無料で全文公開するなんて、大きな決断だったのではないか」という趣旨のことが書いてあった。

うーん。考えてみると、どうだろう。

いや、正直に言えば、私にとっては、そこまで大きな決断ではなかったように思う。ある人から「ネットで全文公開」というアイディアを聞いた時、「ああ、それもいいな。むしろ、すごくいいな」くらいのものだった。

だって、私にとっては作品を読んでもうらうことが一番の喜びだから。
全てはそのための執筆活動だから、どういう形にしろ読んでもらえればそれで嬉しい。本という形で誰かの家の本棚に並ぶのはもちろん一番に違いないけど、もともと「図書館で読んだ」「借りて読んだ」も歓迎していたクチなのだ。だから、むしろ全文公開は、私よりも出版社にとって大きな決断だったのではないかと思う。

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さて、今日は、どんな人にこの本を読んでもらいたいかを書いてみようと思う。

一言でいうならば、夢の見方を思い出したい、と感じている人だ。私も、この本を書く前はそんなひとりだったと思う。大きな、大きな夢が見たくて、でも、時に自分自身で、「そんなこといっても無理かもしれない」とブレーキがかけてしまいそうになる。でも、そいういうブレーキや速度制限は、かけてしまったらそれで終わり。だから、いかに自分に内臓されたブレーキを自分自身のハンマーでぶっ壊してあげるか、それがいつも挑戦だ。

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思えば、幼いころ、よく空を飛ぶ夢を見た。映画のなかのように、急峻な崖を超え、悪者と戦い、未知の国に行く。その翌朝は、いつも幸福な浮遊感に包まれて目が覚めた。

ただ、大人になるにつれ、そんな夢は見なくなった。

現実には悪者は怖いし、人は空を飛ぶこともできない、そう知ってしまったからだろうか──。しかしいまは思う。きっと人は空を飛べる。『空をゆく巨人』を書いたおかげかもしれない。

この本の中には、たくさんの夢追い人が出てくる。

蔡國強さんに、志賀忠重さん、そして冒険家の大場満郎さんも登場する。

大場満郎さんは、1997年に人類史上で初めて単独徒歩による北極圏横断に成功した人だ。4ヶ月にわたる孤独で過酷な挑戦。その冒険のサポートをしたのが、冒険出発の少し前に大場さんと知り合い、行きがかり上、ベースマネージャーになってしまった志賀さんだった。それまで大場さんは三度もこの冒険に挑戦していたものの、いずれも失敗。手足の指を失った。しかし、志賀さんたちの支えもあり、四度目でついに横断に成功。大場さんは、のちに南極横断にも成功し、植村直己賞を受賞している。

あの当時、北極圏の最果ての村に長期滞在し、大場さんのサポートをし続けた志賀さんは、冒険の成功を受けてテレビ番組の取材にこう答えている。

 ————大場さんには、夢の見方を教えてもらいました。

そう、夢を見るのは簡単ではない。夢を見るにも技術がいる。

小さい頃私たちには夢がたくさんあり、夢をみることはごく当たり前のことだった。それなのに、大人になるにつれ、その見方を徐々に忘れてしまうのだ。そして、もっと難しいのは夢を追うことだ。夢を追いかけ、行動を起こす時、夢は夢ではなくなり、現実になる。だから、夢を追うことはしんどいことの連続だ。

誰もが、夢を見る翼を持って生まれてくる。

しかし、長いことその翼を畳んだままだったら、いざ広げようと思っても、もう広げかたが分からなくなってしまう。

志賀さんは、大場さんと出会い、夢の見方を思い出した。そして、志賀さん自身も、いま250年かけて99,000の桜を植えるという夢を持ち、毎日を生きている。蔡さんは蔡さんで、世界の名だたる美術館で展示をしながらも、まだ自分が子供のころに夢見た”画家”にはなりきれていないと感じ、「夢を持ち続ける気持ちを捨てないために」新しい作品を作り続けている。

こんな風に夢を追い続ける人に触れることで、私も翼の広げ方を思い出せた気がする。

だから、今は思う。私もきっといつか空を飛べるかもしれない。子どもの頃に夢見たように、自分の映画が作れるかもしれない。考えるとワクワクする。

もう一度、夢を見たい。

もう一度夢の見方を思い出したい。

そんな人にこの本を読んでもらえたら嬉しい。

追伸) 写真は、いわきにある「再生の塔」。本を買ってくれた人ならば、本のどこの部分に入っている写真かきっとお分かりだと思う。素晴らしい写真だ。(写真クレジット 小野一夫)

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