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私のパスポート、どこ?(今日の娘との会話)

ママ、パスポートはどこ?と4歳の娘は聞いた。
「パスポートってなんのこと?」
「ほらポテトとかアイスとかもらえるのだよ」
娘は秘密の話でもするように小さな声でそういった。

ああ、あれのことか。
「ええと、どこだろう?」

さかるのぼること1ヶ月、5月の半ばごろ、娘と私の二人で、保育園の帰りにファミレスの「ジョナサン」に行った。夫が遅くなる時、私たちは時々ジョナサンに行く。娘が頼むものはいつも同じで、お子様うどんとコーンスープ。娘は家では生野菜をバリバリ食べるのだけど、どうしてだか、外では全く食べない。よくわからないけれど、娘なりのなにか理由があるのだろう。娘は、さらにそこにフライドポテトを頼みたがるのだけれど、私はあまり頼みたくない。だって、うどんとコーンスープにポテトなんて続けてたら、まんまるいコブタみたいになる組み合わせじゃない?

 その日は、会計時に店員さんが「これどうぞ」と小さなカードをくれた。そこには、「パスポート」と書かれていて、確かアイスとサンデーとフライドポテトの写真が印刷され、6月の終わりまで何度でもどれか一種類が無料でもらえるというものだった。

「ねえ、ママ、これパスポートだって!」

ペラペラした小さなカードは、「パスポート」と呼ぶには大げさすぎるカードだけど、それをもらった娘は本当に嬉しそうで、「ママ、フライドポテトもらえるんだって! ねえ、パスポートを取っておいてね」と私に渡した。

 それ以来、娘がこのパスポートについて言及することはなかったものの、いつか使う日を楽しみにしていたらしい。

 今日私が「帰りに歯医者さんに寄ろう(虫歯ではない事情)、夕飯を作る時間がないから、そのあとはジョナサンに行こうね」というと、急にこの「パスポート」の存在を思い出したらしい。

「ママ、パスポートとこ?」
「どこだろう、覚えてない」
「大丈夫、ナナ、覚えてる。ママのお椅子の下に落ちてた」
「え、ほんとに?」
「うん」
娘はそういうと私がいつも座る椅子の下を覗き込んだ。

そこにはあるわけない、と思ったけれど何も言わずにいると、娘は「お椅子の下になかった」とがっかりした顔になった。私もあちこち探したけれど、見つからなかった。まあ、フライドポテトもアイスもサンデーも積極的には食べなくてもいいものだから、わたし的にはどうでも良いのだけれど、娘にとっては一大事のようだった。

「ママ、パスポート、ないねー」

 持ってるね、と言ったわりに早々に無くしてしまった私が全て悪い。子供というのは、ほんのささいなことをとても楽しみにしているものだ。私の子供のころもそうだった。小さなおまけをもらえるお店にはいつだって行きたかった。そう思い出すと私は自分を逆さにして、火あぶりにしたいような気分になる。でも火あぶりにしたら娘はもっと困ると思うし、このようなことが日常茶飯事なわけなので、せめて今日はフランドポテトを頼んであげようと思うのだった。


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川内有緒(かわうちありお)

生まれ変わったら冒険家になりたいと思いつつ、フランスとアメリカ、日本で計12年働いたあと、今は本やエッセイを書いて暮らす。趣味は旅と本とDIY小屋づくり。知らない場所、知らない人々を求めてずっと旅を続けたい。1児の母。著作いくつか。「空をゆく巨人」で開高健賞受賞。
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